Sugi

舟を編むのSugiのレビュー・感想・評価

舟を編む(2013年製作の映画)
4.3
辞書制作をテーマにした映画らしく「言葉」一つ一つがすごく大切にされた脚本。

言葉の意味を正しく理解することは、見えない相手の気持ちを適切に知るために必要なこと。言葉を大切にするからこそ、言葉や文字で伝わり切らないものとの境目が明らかになって、曖昧な人間の感情が浮き彫りとなり、より際立つ。馬締の告白シーンや先生の手紙シーンで特に分かりやすく強く感じたが、作品全体を通してもそんな印象を受けた。

主人公とヒロインはいずれも口数が少なく、ゆえに画面に映るモノの動きだけで物語の展開を表現する場面がかなり多い。時間の進み、人物の感情の揺らぎ、何か起こりそうな不穏な空気、敢えて言葉ではなく非言語的な映像で表した点は興味深い。

「湯を沸かすほどの熱い愛」で蒸発した父役を演じたオダギリジョーは、本作でも「The若者」な、典型的な辞書編集者らしくないキャラを演じており、目に見えて欠陥のあるのに憎めない人間を演じさせると素晴らしい。しかも物語後半くらいからちゃんと改心して見違える程格好良くなるのも定番の流れだ。
宮崎あおいの透き通る存在感は圧巻で、原作は未読だが、少なくとも映画中では最高にハマっているキャスティングだった。本作特有の日常的な雰囲気に対して女優らしいオーラ、美麗さが違和感なく溶け込んでいて、全体の空気感に抜群に合っていた。

ただものすごく細かい点で微妙だったシーンが2箇所。
1つ目はかぐやちゃん初登場シーン。「かぐや姫」を意識してバックに白い綺麗な満月を置いた意図は理解できるが、そのCGがあまりにも巨大な月となって流石に不自然すぎる。本作の雰囲気ならもっと控えめでも十分存在感を発揮できるのに、と惜しい場面だった。
2つ目はオダギリジョー演じる西岡が帰宅後、寝ている彼女に大事な報告をする重要なシーンと、その後彼女が食堂で馬締に話をするシーン。
完全に主観だが個人的には、彼女への報告シーンでは報告内容は伏せておいて、彼女から馬締に伝えるシーンで初めてそれを教えた方が、鑑賞者は馬締に共感できて同じ驚嘆の表情を共有できたと思う。既にそのニュースを知っている鑑賞者は、同じ話を2回聞かされているような感覚になってしまった。僅かながら残念だった場面だ。

とにかく松本大先生の口から放たれる言葉はどれも丁寧で耳触りが良い。ずっと先生の話を聞いていたいと思ったし、ぜひとも辞書完成に立ち会って貰いたかった。しかし、あの結果だからこそ10年を超える年月の長さが身に染みて感じられるという叙述テクニックでもあると思う。

日本映画の良さを存分に感じられる良作。心なしか、このレビューも言葉を少しだけ大切に書けた気がしている。
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