えま

EVA エヴァのえまのレビュー・感想・評価

EVA エヴァ(2011年製作の映画)
4.1
「瞳を閉じたら何が見える?」という言葉や脳内の映像美をはじめとして、本作が幻想的な画を特徴としていることは有名だが、加えて、本作は基本的に"冷"と"静"が常に側にある。
一般的なロボットという存在は物理的な素材の面でも心を持ってない精神の面でも"冷"を感じさせるものであり、また本作の物理的情景に関して、雪が降り続けていたのも、その助けになっているだろう。
"静"に関しては、登場人物が感情を昂らせ大声を出すシーンはあまりなく(感情が昂ぶったこと事態は①ロボットが反抗した時の主人公②兄弟喧嘩③エヴァと母の動揺等複数あるが個人的にはどれもかなりの大声をあげた印象ではない)、音楽も陽気なものは流れない、飛び抜けて明るいキャラもいないという要素達が、"静"の印象の素に感じた。
私はこの作品が好きだが、これは叙情を感じて嗜む作品であり、パズルがはまる感覚を期待して見ると退屈すると思われる

-------------------------
とある経緯(お察し願う)で話の結末を知ってから見たけど、それでも良い映画だった。

エヴァの解体決定後、その決定を知りもしないエヴァが、「私を助けて」と言った時、その意を「生かしてくれ(逃がしてくれ)」だと思ったが、その直後の「私をもう悪い子にしないで」と続けたことで、全く逆の意味かと理解した。「もうエヴァを悪い子にしないこと」が「エヴァを助けること」であり、つまりそれは「死なせてくれ」ということである。この世界であの幼さのロボットを死なせる方法は、現実世界で首を絞めるよりも、魔法の世界で「アバダケタブラ」と唱えることよりも、ずっと簡単なことなのだ。殺人的自覚のある行動をしなくて良いし、加えて、(こちらは魔法の世界の殺人にも出来ないことだが)葬った後の顔もそこに絶望はなく眠っている様子で死なせられる。それでも、彼は最後に簡単には言えなかった。もうとっくにただの機械ではなかったのだ。エヴァがもし人間で母親を同じように意図せず死なせてしまっていたら、然るべき償いながら育てられる道があったが、ロボットにはそれはなく、代わりに死という単純で重い道しか残されていないのだ。
えま

えま