ねおねお

約束 名張毒ぶどう酒事件 死刑囚の生涯のねおねおのレビュー・感想・評価

4.5
「眠る村」に引き続き名張毒葡萄酒事件。

「眠る村」では、妹さんの再審請求の時点からの視点で名張毒葡萄酒事件を取材する側の立場や再審請求支援者の立場で観たが、この時の奥西さんの気持ちは?一審無罪となった後、逆転有罪死刑となった奥西さんの人生はどんな一生だったのだろう?と奥西さん側からこの事件を見たくて、奥西さんの一生を描いた「約束」も必ずみなくては、と足を運んだ。

本作では、奥西さんの当時の肉声だけではなく、「眠る村」では妹さんが支えていた母の視点、再審を初めて支援し始めた川村さんの視点、さらには弁護団の視点が入り、この事件の理不尽さと開かずの扉を閉め続ける裁判官との対比が残酷なほどに鮮明で、「裁判所に裏切られ続けた人たちは、最後まで裁判所を信じているんです」と声を詰まらせた元裁判官の言葉がいつまでも頭から離れない。

お金がなく、弁護士に依頼することもできずに4度の再審請求をしてきた奥西さんを初めて支援し始めた人権団体の特別面会人の川村さん一人から、日弁連の支援事件となり大きな弁護団となるまでの間に、当時は解明できなかった証拠の証拠価値が科学技術の進展により次々と減殺されていく。それでも裁判官の死刑判決維持の判決に残り続ける自白は、それほど信用できるものなのだろうか?逮捕段階6日目の記者会見での奥西さんの自白とも取れる発言。いまでこそ取調べの録音録画は映像インパクト効果の危険性を指摘されるが、報道を見た裁判官に大きな影響を与えたのではないかと思ってしまう。
なぜなら、自白自体がそれほどまでに信用性のあるものとは到底思えないからだ。

自白内容は動機の点で不自然なだけでなく、歯で開けたと言う王冠の歯形は合わず、薬物の瓶は名張川から見つからず、極め付けは凶器とされた薬物が指し示す反応色や反応と当時の葡萄酒に残っていた色や反応は異なる等重要な物証との整合性に欠けるのである。
自白を支える証拠としては、奥西さんしか犯行機会がなかったと言う点であるが、奥西さん以外の可能性は、検察官により潰されたのではないかと思わざるを得ない。なぜなら、事件直後の村人たちの供述は、奥西さんの自白以降一斉にその内容を訂正する形で変遷したことや証言台に立った証人の店の時計が壊れていた可能性にまで言及されることになるからだ。
このような経過を辿った村人たちのもとの供述は奥西さん以外の犯行可能性の存在を推認させる。

昇進する裁判官は再審開始決定なんて書かない、と言う言葉が暗示する通り、唯一出た再審開始決定は裁判官を辞める直前に出されたもの。
その開始決定を覆した裁判官は、「重罪事件であえて自白をするとは考えられない」と、自白の信用性を積極評価し、東京高裁へと栄転した。
裁判官がみな出世のために再審開始を書かないとまでは思わないが、多くの裁判官が右に習えの村社会の村民であることは、葛尾村の村民たちが人の子であることと同じだ。

奥西さんは高齢になってからも仕事を続けながら面会に来てくれる母に恩返しをすると約束する。
川村さんは死刑囚の彼ではなく、拘置所の外の彼に会いたい、と言う。そして二人は必ず外で握手をしよう、と面会室の仕切り越しに手を合わせる。
しかし、そのどちらの約束も果たされないままだ。そして遂に、その約束が果たされることはなくなった。
私たちはここにこの約束があったことを忘れてはいけない。なぜなら、まだ名張毒葡萄酒事件は終わっていないのだから。
司法がこれからどんな判断を下すのか、残された私たちは見届けなければならない。
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