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リンカーンのodyssのレビュー・感想・評価

リンカーン(2012年製作の映画)
3.5
【映画向きの素材ではないかも】

有名なリンカーン大統領の最晩年を描いた映画です。

奴隷解放というと、今では当たり前に思えるのですが、世の中の価値観は簡単には変わらない。この映画を見ると、黒人奴隷に自由を与えることに当時の南部議員たちがどのような恐れを抱いていたかが分かります。単に奴隷を失うことの経済的損失だけで奴隷解放に反対していたわけではない。

だから、逆説的な言い方になるかも知れませんが、この映画では反対派に注目することが重要なのです。今なら奴隷制はありえないから、奴隷解放に反対する奴らなんてバカ、で済ませることもできる。でも、考えようによっては今でもわれわれは別の問題ではこの映画の奴隷制廃止反対論者と似た立場にたっているのかも知れないんですよね。リンカーンの信念はもちろん素晴らしい。でも、政治の世界では信念だけで物事が決まるわけではない。

だから、現実のリンカーンは裏工作もすれば、嘘だってつく。とにかく目的のためには手段を選ばない。南北戦争はアメリカ史上最大の犠牲者数を出した戦争なんですが(二度の大戦よりも死者数が多かった)、それも手段を選ばないリンカーンによってもたらされたものだった、という見方もできるわけです。実際、この映画は冒頭で戦闘シーンがあり、いかに多くの兵士が斃れていったかを描くことで始まっているのだし、最後にも死者がごろごろしている戦場をリンカーンが馬に乗って痛ましい表情で通る場面があります。

なお、パンフレットで土田宏・城西国際大教授がリンカーンの政治的な実像とリンカーン夫人の実像を紹介しています。映画だけでは分からない大事な情報が盛り込まれていて参考になりますね。特に、リンカーンが最初は必ずしも完全な奴隷解放を考えていたわけではないというあたりは、政治の世界の複雑さを知る上でも押さえておかなくてはならないところでしょう。

丹念な作りではあるけれど、映画的な面白さという点ではやや難ありなので、この点数。素材が必ずしも映画向きではない、ということでしょう。
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