ツクヨミ

メイジーの瞳のツクヨミのレビュー・感想・評価

メイジーの瞳(2012年製作の映画)
5.0
これは"私"の物語のような気がする。
メイジーはバンドマンの母親と画商の父親と暮らす6歳の少女。最近両親はケンカしてばかり、そんな状況を彼女の瞳は捉え続けていく…
少女の視点から見た"家庭の崩壊"を映した家族ドラマ。今作を見て特に感じたことは自分の物語を見ているような気がしたことだ。メイジーは緩やかに崩壊していく家庭を見つめ続けるが泣くことや感情を吐露することはほとんどない、子供なりの気の使い方で大人に気を使わせないように行動している。しかしそんな行動を常にとっていると自らの感情を胸に押し込めているということに他ならない、泣くことができない人間になってしまう…これは私自身が子供時代に似たような状況だったので自らを重ねて見てしまっていた。苦しいのに泣くことができないのは更に苦しい…今作を見た後に感じたのは言いようのない閉塞感と苦しさなのか、自らの忘れてはいけない"負の感情"へアクセスし得る唯一無二さを本作に感じた。
今作でメイジーは人々の怒りの感情や悲しみの感情を数多く目にしていくが、そういうものを見ているからこそ人に優しくできる要素があった。後半ベビーシッターのマーゴが泣き崩れるシーンでメイジーは優しくマーゴに寄り添ってあげるのだ…これはメイジーにしかできないことで、負の感情を優しさに還元することができたのかもしれない。
また今作の"家庭の崩壊"はかなりリアルだ。両親はケンカの末に離婚し親権を取り合い、結果メイジーは10日ごとに取っ替え引っ替えに両親の元を行き来することになる。これは小津安二郎監督がよく描く家庭の崩壊の極地であり"東京物語"で紀子が言う家族の中でも個々人の生活を優先するようになっていくというのを地で行っているのだ。両親は自分のことを優先しすぎて娘のメイジーのことは手元には置いておくが、世話はパートナーに任せっきりでメイジーの心は両親から離れていく。それはラストの展開に繋がっていくが、最後に彼女がした選択は私が子供時代にできなかった選択でもあったので涙なしには見られなかった。メイジーがした選択は正しいのかもしれないが、これから彼女が生きる人生は辛く険しい道だろう。そんな人生を彼女の瞳は捉え続けていくのだから。
全体を通して苦しさが先行した作品であるが、ここまで映画の中で"自分"を重ねて観れる作品は稀なので、私の人生を紐解く大切な作品になる予感を感じました。
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