toriniq

インサイド・ルーウィン・デイヴィス 名もなき男の歌のtoriniqのレビュー・感想・評価

3.9
お話はどうも賛否両論の様なので、別の視点からレビューをしたい。

この映画の最たる特徴は優れた音楽映画ということである。
歌われていた曲にどれか一つでも心が揺れた人には是非ともサントラを聴いてもらいたい。
全体のコンセプトを考えると、できればCDではなくレコードで聴いた方がよりいいのだろう。

サントラでは映画終盤でルーウィンが野次を飛ばして中断させてしまったアーカンソーの御婦人が歌う「The Storms Are On The Ocean」もしっかり収録されている。
どの曲も素晴らしいが、この曲が実に良い。
原曲はカーターファミリーが20年代後半に発表したカントリーソングだが、映画の中ではプサルタリーでバラードとして弾き語るスタイル。
一方サントラでは伴奏とコーラスを入れゴスペル味のあるアレンジをとっている。
これが聴けば聴くほど、約90年前の曲を掘り下げてここまでセンスよく昇華させてしまうTボーンバーネットの音楽力に脱帽してしまう。

ちなみにこの曲を担当しているのはカントリー歌手のナンシー・ブレイクであり、彼女の夫もまたカントリー歌手のノーマン・ブレイクである。
ノーマンといえばコーエン兄弟のオー・ブラザー!に参加しており、またカーターファミリーの曲も同映画の中ではふんだんに使われている。
人によっては蘊蓄に過ぎないかもしれないが、こういう発見も音楽映画ならではの楽しみである。

インサイド・ルーウィン・デイヴィスの時代はフォークソングリヴァイバルの最中である。
映画のラストではなんとか前に歩き始めることが出来そうなルーウィンだったが、リヴァイバルブームの終焉を示唆するかのようにディランが登場する。

彼のどうしようもない日々の中で歌われる音楽は政権を皮肉ったフォークソングや、漁夫のための賛美歌や、語り継がれたフォークロアなど他様々である。
アーカンソーの御婦人はあの曲を「子供の頃から親しんで歌ってきた」と言っていた。
それは、おそらくオー・ブラザー!の舞台となる大恐慌時代の頃になるのだろう。

時代がどれだけ変容を迎えてしまったとしても、音楽はいつだってどこかでひっそりと誰が為にリヴァイバルされ続けている。
それが例え、負け犬のようなルーウィンの曲であっても。

それを思わせてくれるだけでも、この映画は一つの優れた音楽映画なのだ。
toriniq

toriniq