ひたる

紙の月のひたるのネタバレレビュー・内容・結末

紙の月(2014年製作の映画)
3.5

このレビューはネタバレを含みます

ああ、素晴らしき転落人生。
観る地獄。
あー↑あー↓あー↑あー…って感じのジェットコースターだった。

自分に自信のない主婦が人の金ならどうなろうと痛くも痒くもない!と吹っ切れて豪遊する。
自由には代償が伴う。それは1人の時間を優先すれば交友関係が薄れ、逆に友人との交流を取れば趣味の時間を盗られるように。
しかし彼女は豪遊という自由を他人の金を代償に得た。普通なら「使い過ぎかな…」と働くブレーキも、自分の金じゃないから効かない。
一見ノーリスクに思えるこの錬金術も遠い目で見ればたしかに大きな代償を捻出している。それは無断借用した多額の金と、ふとしたときに心を蝕む罪悪感、刑事罰という逃れられない追っ手がそうだ。

不倫相手の大学生が主人公から初めてお金を受け取るときに放った「受け取ったら多分何か変わっちゃうよ」というセリフ。
これはその通りで、金銭の関係が始まった時点で彼女には「これからも施しをしてあげなければならない」という意識が根付いた。
そして関係の始まりとは、例外なく関係の終わりを決定づけるものである。この時点で地獄への片道切符は切られていた。
それは彼女の過去編、学生時代の募金活動を見れば明らかだ。彼女は助けることに義務と快感を見出してしまっている。シスターが勘違いしていた、ひけらかす目的での募金の方がまだ何倍も良かっただろう。
父親の金を財布から勝手に抜き出して募金するのも、老人の金を騙して盗むのも変わらない。彼女は自分の施すべき「善意」だけを見て、踏み台に隠れた「善意」は目に留まってすらいない。
さらに質が悪いのは受け取り手の表情が見えてしまう点だ。そのため彼女はより一層、自分が求められていると感じてしまう。彼を喜ばせるために高級な食事に連れて行き、ホテルを借り、家を買う。彼女の悪癖に彼の存在がガッチリと噛み合ってしまった。

2ch発端の「やらない善よりやる偽善」は私の好きな言葉だ。しかしここでいう「偽善」とは「良い人アピールのために善なる行為をすること」を指す。見返りなしの善行は美徳だが、こちらの「偽善」も結果としては誰かを助けているため、安全圏内で批判をして行動に移さないやつよりかは何百倍も素晴らしい。
学生時代の主人公も金の出処に目を瞑れば人を助けているため「偽善」に見えるが、これはけっして「偽善」とは言えない。なぜならば損している人がいるからだ。名声の獲得ならば募金主が得をするだけで誰も損をしないが、主人公の場合だと父親が明確な損をしている。
施すことは失うことだ。自分の一部を分け与える行為を善行と呼ぶ。代償を払う自由と同じだ。逆説的に身を切らずに父親を身代わりにした主人公の行為は「偽善」ですらなく「悪行」といえる。

意地悪に見えたおじいさんが実は慧眼で、逆に勉学に勤しむ苦学生に見えた不倫相手がクズだったのは、印象が逆転して面白かった。そして国外逃亡は清々しくて嫌いじゃない。
ひたる

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