享楽

砂上の法廷の享楽のレビュー・感想・評価

砂上の法廷(2015年製作の映画)
4.7
真実のみが語られるはずの法廷であらゆる証人や弁護士までもが嘘を縦横無尽に飛ばす中被告人の少年は有罪を判決されるか、免罪か、それともー
”正義の脆さ”を主題とし弁護人が証人が面目を失う(失業する)恐怖と良心を天秤に掛け葛藤から曖昧模糊で回想される内容とは食い違った発言が飛び交う中真相は如何にー。といった94分法廷ミステリー映画ですが、この尺度の丁度良さが活かされていて物語構造と真相はいたってシンプルながらも終始穿って、次々と生まれる疑念を持って楽しめる面白い今作。主人公の敏腕弁護士ラムゼイ(キアヌ・リーブス)が父親殺害の容疑とされた寡黙な少年マイクを弁護。ラムゼイのナレーションを時折挟みながら事件の変遷を追え、黙秘権を貫き通していた彼が発言した時、事態は急展開する(からのどんでん返し)←ここのどんでん返し、つまり事の真相ですが、見事に、いや薄々とは気づいていて伏線も張り巡らされていたのだが騙されましたよ。

詳細…(以下ネタバレ含みますので鑑賞前での閲覧はオススメできません)
まず鑑賞後総括して伏線回収が綺麗で伏線としての質が高く思えた。ラムゼイが冒頭トイレで吐くシーンやマイクが時計の絵を描くシーン、ホームパーティーでのラムゼイとマイクの母であり殺害された夫の妻ロゼッタの立ち位置の変化など。
それからビシッと正統派っぽくスーツを着たラムゼイがスクーターで現場に駆けつけていたりしたところはキアヌ・リーブス本人の要素を感じ微笑ましかった。弁護側に注視して証人を平凡に、検察側を普通に描写することで複雑になり兼ねない法廷裁判物語をシンプルに仕上げた業は見事としか言いようがなく、回想の挿入具合や発言と回想のパラドックス云々あたりは観客の見方により真相へとどれほど繋がっているか差異はありそうとは言えども最期の最期まで決定的確定事項を直接的に見せないことで「もしかしたら〜いう可能性もあり得るかも」と穿つことが出来最期の最期にやっぱりそうだったか…!とスッキリ。本当によく綺麗に纏まっていましたが、強いて難点を挙げるならばマイクが裁判中鉛筆で描いていた「一本の木に黒い球のようなものがぶら下がっている絵」にどういう意味がありそれが2回目に彼が描いた「落ちている腕時計」(これは伏線回収していましたが…後述で詳細を。)にどう”意味するもの”へと繋がったのかなどは俄然疑問を抱えたままでここだけが謎。マイクを賢く描いていたので無意味とは思えないしここだけ拾えず…。
落ちている腕時計、つまりその彼の記憶から事の当本人である人物が誰かを見抜けるわけですが、彼がそれをいつ理解したかの描写が直接的に描かれていませんでしたのでこの辺は”ご想像にお任せします”なんでしょくかね。構いませんよ。
それからキーパーソンとなる弁護側の警察官ジャネルが今法廷におきて嘘 偽証を見抜く役として配置されていましたが、枠割としてそれほど弁護側に一役買っていた…とは思えず、まぁ鑑賞後は所詮この女もラムゼイの手中にあったのか…と残念ながら微笑ましく思えました。鑑賞後ラムゼイのナレーションが今法廷の裁判に関して(マイクが何をするか分からなく恐れていたとは言え)概ね上手く作戦通りいったなと本人が思っていることを思って観客として正義の脆さが自明になり感情が轟いた。
個人的に好きだったのが裁判所にあった盲目の金の像。あれ物凄く不自然なんですね。話はやや逸れますが最期ラムゼイは死んだはずの夫に出逢い困惑されるのだが、あれをラムゼイの幻覚としてみるならばラムゼイは精神分析的には幻覚を見るような精神病であり(良心に苛まれていたことからもそれが顕著に思える)もしそうならばあの盲目の金の像は盲目=真実の隠蔽 殺人を犯してしまい正気を保ちながら弁護士としての職務を果たすにあたって彼の象徴界に介在した意味「真実を隠さなければ勝利はない」を思わせ感慨深くすらなりましたよ。
90分映画としては超傑作かと思います。オススメ!!
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