あべきょ

アメリカン・スナイパーのあべきょのレビュー・感想・評価

アメリカン・スナイパー(2014年製作の映画)
3.3
 実在の名スナイパーに焦点を当て、イラク帰還兵の問題を扱ったイーストウッド作品。愛国や正義といったマクロな大義/家族や恋人といったミクロな紐帯の葛藤という構図は戦争映画、ヒーロー映画に典型的に用いられるものだが、本作はその構図をアメリカ社会における帰還兵問題を当てはめて描き出しており、そうしたリアリズムが魅力といえる。

 全米における戦争映画史上最大のヒットとなり、ネット上で保守派とリベラル派による論争を生んだセンセーショナルな作品であるが、村上春樹が評しているように、まさに「好戦的なのか反戦的なのか、どちらともまったく判断できない作品」だったと思う。だからこそ、本作をどう捉えるかに評価者の元々の立場や思想がダイレクトに現れ、論争に繋がっているのだろう。イーストウッド自身も「政治的な価値観は反映されていない」と述べている。

 本作のみならず9.11以降の戦争映画(特に中東関連)には、史実性の高さ(リアリズムの追求)に裏打ちされる形で、戦争賛美にも反戦にも寄らない、ある意味で中立的・両義的な作品が多いように思われる。一方に寄ればもう一方からの支持を得られないという政治的・ビジネス的な意図もあるかもしれないが、より深くは戦争を題材とする際に何らかの「普遍的では無い」価値観に寄ってしまうことへの抵抗を感じる。例えば「愛国」という価値観は長い間(ことアメリカにおいては)普遍的であったが、ベトナム戦争、9.11とイラク戦争を経て、もはやアメリカにおいてさえそうではなくなったのであり、この作品でも主人公クリス・カイルは実在の愛国的な米兵であっても、作品として「愛国」に寄った戦争賛美映画では決してないのである。
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