らいち

ブラック・スキャンダルのらいちのレビュー・感想・評価

ブラック・スキャンダル(2015年製作の映画)
3.5
かつて個性派俳優と言われた数少ないハリウッドスター、ジョニー・デップ。昨今、珍作への出演連打によりその面影はすっかりなくなった。昨年の日本でのお寒い事故もあって「お騒がせセレブ」としての顔がすっかり定着している。もはや帰らぬ人となっているニコラス・ケイジの二の舞を感じていたが、本作で演技者としての底力を見せつける。

1970年代から1980年代にかけ、ボストンで一大勢力を築いた実在のマフィア、ジェームズ・バルジャーを描いたクライムサスペンス。

バルジャーが他の歴史上のマフィアと大きく異なる点は、水と油の関係であるはずのFBIと、ズブズブの癒着関係にあったことだ。当時のFBIはイタリア系マフィアの一掃に躍起になっていた。そのマフィアのボスを逮捕するための情報源として、彼らと縄張り争いをしていたアイルランド系マフィア、バルジャーと手を組んだ。FBIにとってはおおやけにすることはできない禁じ手であり、パルジャーにとってもまた、仲間の憎悪の対象であったFBIと組むことはリスクがあったはずだ。しかし、パルジャーはその見返りとして、ボストンで好き放題やってよいという免罪符を得る。そのおかげで、町のチンピラ風情に過ぎなかったパルジャーが、非道を尽くして自らの犯罪組織を拡大させていく。FBIはパルジャーを見抜けなかった。

このスキャンダルはやがて明るみになるが、本作はその史実の再現に留まらない。癒着のきっかけを作り、バルジャーとの連絡役として暗躍したFBIの男(ジョン・コノリー)が、バルジャーと旧友関係にあったという事実があり、その2人の信頼関係が物語の骨子になっているのだ。「失うものより得るものが大きい」と、大きな賭けに出たFBIだが、その作戦の渦中にいたコノリーは、パルジャーとの友好関係のなかで多くの恩恵に預かることになる。正義を曇らせ、自らの利益と保身のためだけに立ちまわるコノリーは、その立場は違えど、マフィアのパルジャーと同類に見えてくるのがおかしい。コノリー演じたジョエル・エドガートンの熱演が素晴らしく、人生の坂道を転がり落ちていく男の狼狽ぶりが見物だ。

しかし、そんなエドガートンの印象をも吹き飛ばすほどのインパクトを与えるのが、主人公バルジャーを演じたジョニー・デップだ。禿げ面オールバックの特殊メイクに、いつもの調子を思い返し懸念していたが、「生来の犯罪者」という邪悪な個性を冷徹な眼差しに宿らせ、男の闇を迫力たっぷりに体現する。どのタイミングで狂気が発動されるかわからず何度もゾクゾクした。ジョニデのパフォーマンスに心惹かれたのは何年ぶりだろうか。彼が本作で最高のパフォーマンスを見せた、というよりは、彼のポテンシャルが久々に発揮されたという見方が適当だろう。本作の脚本もバルジャーの動向に比重を置いた内容になっているので、なおさらジョニデの印象が強くなるというものだ。

バルジャー、つまりジョニデの1人舞台に近い。これは良くも悪くもだ。バルジャーを描くことを優先したことで、彼に関わる周辺の登場人物たちの造形描写が疎かになっているようだ。その割を一番食ったのは、バルジャーの弟であり、マフィアと畑違いの政治家だったウィリアム・バルジャーだ。マフィアの兄をどう考え、兄弟の絆をどう継続したのかが十分に描かれず、兄弟という設定だけで済ませている。本来、2人の兄弟関係というのが強く描かれて然るべきなのに、かなり薄味になっているのが残念。そして共演者が豪華であったという点も大きい。ウィリアム・バルジャーを演じたカンバーバッチに始まり、ケビン・ベーコン、ピーター・サースガード、ジュノー・テンプル、コリー・ストールと、主役級あるいは芸達者な俳優たちが出るわ出るわのオンパレード。また、ドラマ「ブレイキングバッド」の「トッド」役で演技派としての存在感を示したジェシー・プレモンスの登場と、その強烈な面構えにテンションが上がるも、以降、見せ場という見せ場がほとんどなくバルジャーの取り巻きの一人になってしまっていて勿体なさ過ぎる。名脇役たちの表層を並べた見本市みたいだ。その中でもサースガードあたりは少ない出番でも良い仕事をするけれど。

本作のもう一つの特徴は、主要キャラに「幼なじみ」という背景を持たせながらも、過去の回想シーンを放棄し、当時の現在進行のみを追っている点だろう。ここも人物描写同様、両刃の刃だ。過去を振り返らないことで展開にもたつきがなくなりスピード感が得られる一方で、ボストンの故郷で育まれた主要キャラ3人の関係性が想像されにくい。バルジャーの豪腕ぶりにフォーカスした作りなので、本作の選択は正しかったと思うが、ドラマとしての味わいは薄く、残り香のないスリラーとして楽しむことに終始する。まぁそれだけでも十分な映画なのだけれど。

【65点】
らいち

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