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百円の恋のkyonのレビュー・感想・評価

百円の恋(2014年製作の映画)
4.5
”一度でいいから勝ちたい”と泣いた彼女はもう生まれ変わっている。

安藤サクラの演技に私たちは何でこんなにも惹かれるのだろうか。
松岡茉優が全女優にとって絶望的な存在と言い放つ彼女の身振りや表情1つ1つが、忘れがたいイメージを刻み付けていく。

本当に凄いなぁ…。


ゲームをしながら、映される虚ろな目、たるんだお腹、働きもせず実家にいる32歳、イチコ。
予想通り、離婚して実家に戻ってきた妹とは修羅場なみの喧嘩、やがて実家を出ることに。
そんな彼女がボクサーの狩野と出会い、ボクシングの試合に出会ったことでちょっとした自分の中の下克上を果たそうとする物語。

この作品には、どこか社会のレールからはみ出してしまった1人の女性の、その後からはじまる。

取り返しのつかないような年齢、例えば結婚するにも彼女は女っ気はないし、コミュニケーション能力もあまり。例えば仕事も今から正社員でバリバリ働くのも違うだろうし、そもそも夢や野心とかとどこか相反するような女性として生きるイチコ。

自分のことを蔑ろにしてしまい、辿り着いたのは職場の同僚には強姦され、好きなボクサーは自分より若い女性のもとに行ってしまう、しまいにはやる気あるやつが嫌い=ボクシングなんてやり始めちゃって、みたいな結果に。

特に強姦されてしまって、しかもあっけなく処女を奪われ、静かに通報したイチコがしばらく働いたあとに、偶然転がり込むことになった狩野に上手くお肉を噛めずにいたあとに泣きつく場面…イチコの哀しみとショックの大きさが順々に現れていて切ない。

全ての溢れ出しそうなイチコの感情はボクシングに集中していく。

失うものがなくなった人間は強い、とは言うけれどそうでもしなければ今にでも死にそうなギリギリのラインに位置する1人の女性が、ボクシングに打ち込み、ありえないと一蹴された試合に出るという展開は、失敗の先にある再生みたい。

まさしく生まれ変わるように、冒頭と同じカットで映されるゲーム中の彼女のお腹はもうたるんではいないし、目は生気を帯びている。

そんな運良く試合に出場した彼女に待ち受けるのは現実。
力の差が明らかな相手選手にボコボコにされながら試合は終わってしまう。

現実を前にイチコが彼女を迎えに来ていた狩野に言うのは、一度でも良いから勝ちたい、というこれまでのイチコの人生を通した叫びで、このシーンを観ながら涙が止まらなくなってしまった。

でも、そうやって社会のレールからはみ出たイチコが現実に対して、自分の願いを叫ぶこと自体がすごく彼女が変わったことを示してる感じがして、日常は大きくは変わらないし、イチコが何者かになれるかなんてことはないだろうけど、狩野と手を繋いで帰るイチコの姿を観るともう彼女はこの世界でも暮らしていけるんじゃないかと思わせるレールの交差を見た。

百円の女なんすよ、と試合に出ていくイチコは自分を背負って生きていくんだろうな。
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