まつこ

岸辺の旅のまつこのレビュー・感想・評価

岸辺の旅(2015年製作の映画)
3.7
『俺、死んだよ』
3年振りに帰ってきた夫が悪びれる様子もなく冒頭で発する言葉は何とも非現実的だ。

でも、そんな彼にいつもの様子で“家の中なのに靴履いたままだよ”と指摘する妻もまた何処か浮世離れしている。

二人がどんな風に過ごしてきたのか描写は少ないものの、こんなやり取りが彼らを間違いなく夫婦であったと思わせる。

はじめは言葉に違和感や距離を感じていたが、旅を通して彼らが本当に愛し合っていたことが伝わってきた。

それは、彼らにとってもそうだったのかもしれない。
最後の旅が二人の愛を深めていた。


皆さんがどうして『ホラー』と表現されるのか気になっていましたが、観て納得です。

照明が素晴らしい。

深津絵里さんの心情に合わせて暗転する画は観ている人をとても不安にさせる。
時にしてあたたかな光でさえも不協和音が不安を煽る。

死んだ夫はゴマ団子をなんなく食べるし、生きている人たちと何ら変わりなく交流している姿に不気味さが助長される。

ファンタジーであり、ラブストーリーなのかもしれないが、ホラーと言わせてしまうのは数々の不安要素からなのだろう。


零は質量を持つために無限だと彼がスピーチをするシーンは胸が苦しくなった。
零(霊)は質量があるため無限で彼女の前に現われたのか。

『生きていること』と『死んでいること』は何が違うのか。
この世とあの世の境がないならあの世の岸辺とはどこなのか。

終始ふわふわした世界がこんなことを思わせる。



深津絵里は不気味さを持ちながらも可愛くて、彼女の一言一言や仕草にはっとさせられる。

浅野忠信はスクリーンでは信じられないほどカッコイイ。オレンジのコートが全体的に暗い画面の中でとても映える。

蒼井優はどこまでも不気味で、深津絵里との対峙では女の怖さを思い知らされた。『愛する人が自分を愛さないならばいっそ死んでしまえまばいい』と言う彼女の台詞は重く気迫に負けてしまいそうになる。
それ以上に最後に放った言葉に彼女のずるさや怖さ、強さを感じた。


彼が語る宇宙が、この世の全てで宇宙の始まりだとすれば『生まれ落ちた今にありがとう』と言いたくなる。
音楽も映像も心地よくも不快で何とも愛に溢れた作品だった。

亡くなった方の表現としてはあまり見ない形かもしれません。

行間を大切にしているのか多くを語らないところもあり、原作を読んでみたいと思いました。

『日本を代表する役者ここにアリ』と思わせるくらい俳優陣が素晴らしかったです。
まつこ

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