鹿江光

ザ・ウォークの鹿江光のレビュー・感想・評価

ザ・ウォーク(2015年製作の映画)
3.4
≪68点≫:命を渡るアーティスト。
歴史的な大事件によって失われた「WTC」が、いかにして誕生したのか。その背景には、理解を超えた意志に導かれたひとりの「ワイヤー・ウォーカー」がいた。この作品は、フィリップという大道芸人の伝記であると同時に、アメリカが歴史の中で失ったものへの追悼を意味するものでもある。
僕も然り、高所恐怖症の人にとっては、脈を速めるような映像ばかりが続く。思わず呼吸を止めてしまうような緊迫感、フィリップ同様に、渡りきるまで安堵することが許されない。
木々の間を繋いでいた命の線は、いつしか文明の象徴へと繋がれていく。まさに終盤のWTC綱渡りのシーンは、圧巻である。フィリップの心情を映し出した景色の変化も素晴らしい。もちろんゲリラパフォーマンスは、規模が大きければ大きいほど、準備も並大抵ではなくなる。綿密な下調べが必要で、効率良く作業を進めるためには、それ相応の人材も必要になる。さらに、やることは法律違反なだけに、行動の制限も大きな問題となる。それらのシークエンスも、どこかサスペンスフルに描かれていて、これはこれで、別のハラハラドキドキを味わえる。なんだか一度で二度おいしい感じがする。
ふと、綱渡りをする彼の内面へと潜り込んでみる。すると不思議なことに、傍から見れば危険極まりない行為の中に、「命を懸ける」という心の動きが感じられないのである。恐怖や興奮はあっても、「命を懸けてまで成し遂げよう」とする意志が読み取れないのだ。
もしかすると、彼は綱渡りをすることで「生」を実感しているのだろうか。「死ぬかもしれない命」を思いながら渡るのではなく、「今まさに生きている命」を一歩ずつ踏みしめる。彼にとっての綱渡りは、生きるか死ぬかの賭け事ではない。見えない意志に導かれ、「生」を確かめるために、自らの命の上を渡る。これほどまでにない生命讃歌が、そこにはある気がする。
鹿江光

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