"わたしたちの兄弟よ。ある人が自分には信仰があると称していても、もし行いがなかったら、なんの役に立つか。その信仰は彼を救うことができるか。ある兄弟または姉妹が裸でいて、その日の食物にもこと欠いている場合、あなたがたのうち、だれかが、「安らかに行きなさい。暖まって、食べ飽きなさい」と言うだけで、そのからだに必要なものを何ひとつ与えなかったとしたら、なんの役に立つか。(ヤコブの手紙 第2章14〜16節)"
眼の前に苦しむ人がいる。助けを求める人がいる。
そのようなときの「沈黙」は、いったい、誰のための沈黙だろうか。
キリストは言いたもう、
"すべて労する者、重荷を負う者、われに来たれ、われ汝らを休ません(マタイによる福音書 第11章28節)"
これほどまでに、キリスト者の内的葛藤を描いた作品は無いと思った。