青雨

世界一キライなあなたにの青雨のレビュー・感想・評価

世界一キライなあなたに(2015年製作の映画)
4.0
映画が豊かにもつ暗喩性や、鋭く立ち上げる象徴性とは別に、直接的に誰かを思い浮かべるようなものがいくつかあり、この作品の場合は妻を投影しながら観ていた。

原題『Me Before You(君と出会う前の僕/あなたと出会う前の私)』もまた、結婚前後の記憶に働きかけてくる。

主人公のルー(エミリア・クラーク)が見せる、生き物のようにクルクルと眉毛が動く様子は、犬のように片方の眉だけが動く妻を思わせ、本人はクールなつもりでいながら、簡単に擬態語をつけられるような歩き方や、美人アピールをするとむしろブサイクになるところなど、その姿は彼女の様々な表情や癖を思わせるところがあった。

そんな様子を画面越しに眺めていると、嬉しいわけでも悲しいわけでもないのに、いつの間にか涙が流れていた。



障害と尊厳死というモチーフは、話を構成する要素ではあっても、テーマ(主題)そのものではない。

僕にとって、この映画は「無条件に人を想う」ことを描いており、障害や尊厳死は、その無条件性を浮かび上がらせる構成要素であり、男が金持ちの美男で、女が健気な純朴娘というのも、シンデレラストーリーの古典を用いたまでにすぎない。

妻が結婚を決めた大きな理由は、彼女が見たことのない景色を僕が見せるかららしく、その日のことは、ほとんど覚えていないものの、車を停めて勤務中の彼女に電話で何かを口にしたらしい。妻は、そんな心の秘密のようなことを他人に言ってもいいんだ、分かち合ってもいいんだと驚いたという。

その頃に細やかに思っていたことは、歳月によってふるい落とされ、今振り返って思うのは、この映画の描き出す光や雨が、僕たちの間にも存在していたということであり、それは無条件の野にしか射さない光や、無条件の大地しか潤さない雨だったのではないか。

妻に電話をした時の僕は、それを見たのかもしれない。また、そうした景色の前では、恋や愛などは、ほとんど世迷言(よまいごと)のようなものであり、存在することの純粋な祝福だけがあったのかもしれない。

結婚して四半世紀が経とうとする今、僕が妻を理解しているうちの数パーセントほどにも、妻は僕のことなど理解していない。

けれど、少なくとも彼女は、僕が見ている世界の美しさを、美しいものとして分かち合おうとする。また、それだけで十分すぎるほどであり、現実的な無条件性の1つの姿と言っても良いのかもしれない。

この映画は、その風景がどんなものであるのかを、記憶の残照として、また未来への月明かりのように照らし出している。
青雨

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