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キャロルのkanni501のレビュー・感想・評価

キャロル(2015年製作の映画)
4.5
2016/02/14 @池袋HMX シネマ3

ヒトに惹かれること、ヒトが惹かれあうことを、映画「キャロル」は見事なまでに表現している!

おんなの顔、まなざし、視線、微笑、表情。こういったような、映画の得意とする表現が、これほどまでシンプルに、かつ、美しく、かつ、精確精巧に「惹かれること」に特化した演出の映画作品は稀有だと思う。
「まなざし、まなざす」ふたりの表情や視線には、ことば以上の無数な感情が含まっており、映像で語るという表現とは、まさにこういうことだと思った。もちろん観客が映像の意味を読み込むことが要求されるのだが、監督はそれを込みで、キャロルやテレーズのエモーションをわたしたちに、ことば以上の「想い」を、映像で語ってくる。そして、キャロル、テレーズともに抑制された表情のぶん、表情の奥の感情を読み込まざるを得ないのだが、これが、わたしのまなざしを惹きつけてやまなかった!
あれを恋と呼ぶのかわからないが、せりふやことばには詰め込むことができない、訳がわからず惹かれてしまう「想い」が、みごとなまでに味わえた。

わたしには、本編中に幾度か登場する、クルマの車窓からテレーズが景色やじぶんの胸のうちを眺めている表情のカットさえも、思弁を雄弁に語っている画とさえ感じられた。

が、このような監督の演出の主題に痺れてしまうのは、映画作家や映像作家のたぐいなのだろう。ストーリーにおける脇役の扱いは雑った。わかりやすい脇役だった。脇役は脇役として、主旋律の2人の物語へ単純に機能している程度といった扱いである。監督、興味がなかったのか。

ケイト・ブランシェット、ルーニー・マーラとが掛け合わされると、ここまで運命的な映画が成り立つものなのか。衣装や美術のエレガンスさだけでなく、演技力の高いふたりがカチッとはまったベストな共演だった。
ふたりがはじめてランチするシーンでのケイト・ブランシェット、あの芝居は特に秀逸。人物の背景と匂いが感じられたし、腕を組むタイミングや、煙草を吸うタイミングが、優雅さを身にまとう役柄としてバッチリ素晴らしい。

トッド・ヘインズは、時代や社会や共同体と対立せざるをえなくなる枷を持った人物が、それら障害に負けてゆく作品たちを敢えてつくる監督、という印象を抱いていたので、今回のキャロルのようなラストには衝撃を受けた。シェルブールの雨傘のラストシーンと匹敵するくらい、熱っぽい興奮が胸に込み上がった。
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