このレビューはネタバレを含みます
たぶん合わないだろうと思って避けていた作品。結果やっぱり駄目だった。
「子供に遊んでもらうだけがオモチャの生き方じゃない」という結論はファンタジーにマジレスするようなもの。
「オモチャは人目に隠れて生きている」という“トイストーリーのファンタジー部分”にメスを入れ、「生命を持ったオモチャの行く末と自立」を描いたのが本作だったが、その先には悲しい結末しか待っていないから、1〜3ではファンタジーをファンタジーのままで消化してきた。
ゴミからオモチャになることで生命が宿ったフォーキーを見るに、トイストーリーのファンタジーにメスを入れ、あの世界である種リアリティを持たせることをやりたかったんだろうけど、やる必要性はあったんだろうか?
3で一人で大学に行くのではなく仲間と共にいることを選んだウッディの選択や、オモチャは誰かに遊ばれることが幸せだとボニーにウッディを譲ったアンディの決断を無碍にしてまで語らなければならない物語だったんだろうか?
もっと言えば、新しい環境への挑戦や自立の重要性はわかるがトイストーリーで伝えるべきメッセージだろうか?
3のエンディングは問題の先送りという意見もあるけど、「子供はいつか大人になり、オモチャで遊ばなくなる日も来るが、また新しい子供へと受け継がれていく」……に勝るエンディングを示されたとは自分は思えなかった。