慢性眼精疲労でおます

エル・トポの慢性眼精疲労でおますのレビュー・感想・評価

エル・トポ(1970年製作の映画)
3.9
ジョンレノンが作った映画と同時期に同じ映画館で上映されたけどこっちにはまるっきり客が入らず、困り果てたホドロフスキーがダメ元で「これも何かの縁だし映画を宣伝してくれないかな?」ってジョン&ヨーコに頼んだら「よろこんで!」とやるき茶屋よろしく快諾され、それからは連日満員御礼になってホドロフスキーの笑いが止まりませんでしたという特に寓話的でもないシンデレラストーリーで有名な作品。

映画のストーリーは、メキシコの砂漠を舞台にした架空の英雄譚。何かしら教育的な示唆をする部分もあるけど、一言でいうとシュール。深く考えずに楽しめば良いから、食わず嫌いせずにいろんな人が観ればいいと思う。トレーラー映像はなにやら陰惨な雰囲気だけどいざ観てみるとトレーラーからは想像できないほどの馬鹿馬鹿しさに満ちていて、例えば映画開始から5分と経たずにボカシがでてきて笑いを誘う。

シュールこの上ないから当初客入りが悪かったのも頷けるし、でもなんとなく観られちゃうから現在まで評価されてるのもわかる。

あまりにもシュールな展開が続くから、この作品の大枠が決まるまでに監督が何を考えたのか、心の声を想像してみるとこんな感じ:
「チリにいた頃はウエスタンをよく観たな。そう言えば俺ってウエスタン好きだったし、正直今でも好きなんだけど、フランスへ来てみたらフランス人がみんなウエスタンを馬鹿にしてるから話題にできないんだよな。もしフランス人をあっと言わせるようなウエスタンがあれば堂々とウエスタン好きを公言できるんだけど。あ、そうだ。ガチンコのウエスタンじゃなくてガンマンが主人公のエログロを撮ってみたら皮肉屋のフランス人には受けるんじゃないか?ついでに構図にも凝れば自称映画通どものハートをがっちりつかめるだろう。そうだそうしよう!と思って撮り始めたはいいけど色々盛り込み過ぎて収集つかなくなったな。しかたない、俺が最近ハマってる"禅"の説話をパクってオチにするか。勝手に意味深な解釈をしてくれる客がいたら話題になるかもしれないしな。」

結果、ジョン達が協力してくれなかったら商業的な成功はなかったかも知れないし、ジョンとつながった当時のインフルエンサー達に刺さる内容かどうかも前例がないなら、ホドロフスキー自身確信はなかったと思う。要するにバクチに勝ったのだ。

やや支離滅裂なのになんとなく観られちゃうのは、英雄譚の骨格がしっかりしてるのでストーリーを追うのが難しくないのと、メキシコの砂漠とその中に取り残された建造物が神秘的だったりして視覚的にも不快じゃないからかなと思う。

ホドロフスキーは、予算が少ない(40万ドル)なかでメキシコまで飛んで大勢のエキストラを雇い、割と壮大なものを作るためにいろんな工夫を凝らしたらしい。病気で弱って殺処分される予定のロバを買ってきたり、モンテレイ(ロケ地近くの都市)で物乞いをスカウトしたりして出費を抑えたり。砂漠に取り残されたオープンセットを偶然見つけるラッキーにも助けられたとか。

そんななかで、弾着代わりにスイカを投げつけて血を表現したシーン(笑)なんかは一目で明らかな違和感を覚えるんだけど、全体的にユルいからなんか許せる。もちろん人件費節約のために監督自ら主演してるし、監督の息子(いわゆるムスコではなく、生物学上の子供)もフルチンで銀幕デビューさせられていて「太陽の季節」の裕次郎を彷彿とさせる(個人の感想です)ような逸話になっている。

前述したロバをはじめ、いくつかのシーンで動物の死体が転がってるんだけど、個人的に裏側が一番気になったのはアンゴラ(ウサギ)のシーン。たくさんのウサギが元気にピョンピョン飛び跳ねてたのに突然バタバタと死んでゆく。ウサギが演技するとは考えにくいので「薬物で殺したのかな、勘弁してほしいなー。」と思ってたら砂漠の熱さで死んでったらしい。一応自然死になるのかグレーだけど、悪意はなかったんだろう。

ちなみに本作の後半でヒロインを演じる小人症の女性がチャーミングで、すぐにファンになってしまった。解説で、その女性が映画撮影をきっかけに実生活を良い方へ変えたという後日談が語られていて、一ファンとしてほっと胸をなでおろした次第。よかったねぇ。

もし小人症などの障がいを持つ人たちが本作のせいでいやな思いをしてたり自己都合で動物を虐待してたりしたらいやーな気分になって点数をもっと下げたいところだけど(やっぱりウサギの件はグレーだけど)少なくともホドロフスキーが言う限りそんなことなかったみたいだし、それに反論する関係者もいないみたいだから彼の言葉を信じて、率直な評価としてこの点数にしたい。

「ホドロフスキーのDUNE」なんか特にそういう印象だったんだけど、ホドロフスキーって英語がたどたどしいのに語気と目力が強いからたくさん喋ると胡散臭く感じられるんだよね。商品のこと理解してないのにとにかく成績上げるために売り込もうとする保険とか証券会社の営業マンみたいな(みんながみんなそうだと言いたいわけではありません)。だからDUNEのスポンサーがつかなかったのかもしれないなー。

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余談。日本語でも英語でもまとまった情報ソースが見当たらなかったけど、いくつかのソースを突き合わせると当時上映したのはNYのエンジンシアターで、今はジョイスシアターに名前が変わっている。聖地巡礼するなら参考にしてください。

なお、エルトポのヒットがきっかけでミッドナイトムービー(深夜に流すB級ムービー)っていうジャンルができたらしい。デヴィッドリンチのデビュー作、イレイザーヘッドとか。