MasaichiYaguchi

あんのMasaichiYaguchiのレビュー・感想・評価

あん(2015年製作の映画)
4.4
映画で描かれたあん作りのように、一つ一つ丁寧に紡がれていく物語が心の襞に染み渡っていく。
この作品の重要なモチーフで、古来より忌み嫌われ差別され、一般社会から隔離された罹患者が物語のバックボーンになっているが、別の理由で社会から弾かれ閉塞感の中にいる人物も登場し、この二人が影響を与え合いながら両輪となってストーリーを牽引していく。
取り立てて大きな事件も出来事もなく、町中にある小さなどら焼き屋を主な舞台に、限られた登場人物達が織り成す日常が四季の移ろいの中で描かれる。
主人公・徳江を演じる樹木希林さんは、現在、本作以外に出演映画が二本も公開中という引張り凧の人気だが、飄々としているようで存在感があり、オーラというより慈愛に満ちた演技が人を惹き付けて已まないのだと思う。
押し付けがましくなく、何気ない普通の所作や語りが心に響くという彼女の魅力が作品全体を包み込んでいる。
だから人生に躓き、葛藤を抱えたどら焼き屋の雇われ店長・千太郎が徳江と触れ合う中で変わっていくことに説得力がある。
また本作では、樹木希林さんの孫・内田伽羅さんが、女子中学生のワカナという重要な役で出演し、物語に若さからくる輝きと繊細な感性を与えている。
偏見に晒され続け、閉塞感溢れる中で「生きている意味」を見出す人々を描く本作は、穏やかで静かな語り口ながら、そのドラマから人生に対する力強いエールが温かく伝わって来る。
映画鑑賞後、桜の季節はとうに終わってしまったが、よく晴れた日に公園で渋いお茶と共に美味しいどら焼きを食べてみたくなった。