MikiMickle

ホワイト・ゴッド 少女と犬の狂詩曲のMikiMickleのレビュー・感想・評価

3.8
2014年ハンガリー・ドイツ・スウェーデン製作
第67回カンヌ国際映画祭で「ある視点」部門と、パルムドールならぬパルムドッグ賞を授賞した作品。

誰もいない街。
早朝のためなのかわからないが、静まりかえったブタペストの街で、置き捨てられた車の横を滑走する自転車の少女。
突如後方から聴こえる犬たちの鳴き声。そして押し寄せる犬の大軍…

そんなシーンから、この物語は始まる。

歳にして中学生くらいの少女リリ。離婚している両親。母の勝手な都合で、しばらくぶりの父に預けられ、3週間の同居生活が始まる。
リリにとっては、一番の親友は、犬のハーゲン。
しかし、父はそんなリリとハーゲンの関係も無視し、犬を邪険にする。
ハーゲンは雑種であり、それを飼うには税金が必要だと、心無いアパート住人の通報により聞かされた父は、ハーゲンを無理矢理捨ててしまう。
ショックを受けたリリは、父の目を盗み、自転車に乗って必死にハーゲンを探す。
一方、一人きりになったハーゲンは、野犬として様々な困難にぶち当たっていくのだが…

という導入部。

前半、どうなっていくのかわからないまま、ハラハラする展開が待ち受けている。
転がる石のように、次から次へと物語が進んでいく。
初見ではぶさいくだと思ったハーゲンが可愛らしくて仕方がないし、手に汗握り、ドキドキして見ていた。
ハーゲンが出会う小さな野犬もとても可愛らしくて、野犬たちの過酷な生活の中での絆を感じてホッコリする♪
が、一方で、人間のおぞましさも感じる。

後半は、それまでのハーゲンの冒険劇とはうってかわり、一転して恐ろしいものへと変わっていく…
正直、ホラー。

全体的に漂うのは、前述したように、人間のエゴとおぞましさと、動物への無慈悲である。

父は元教授であったが、今は屠殺された牛の肉のチェックをしている。(ここに、父の
切なさも感じるのだが、)ここで描かれる、食肉のリアル表現。ドキュメンタリー映画の『命の食べ方』や『ファーストフードネイション』を思い起こされるような描写は、淡々としていて、しかしそこに生き物の死をひしひしと感じるものだ。このシーンは、普段目を背けている現実を見ろと言っているものだと思う。例えば、そのひとつに、これからハーゲンに起こる事などなどを…

捨てられたハーゲンが遭遇する心無い人々や行政や裏社会。それは実際の現実であり、動物の命とはなんぞやと考えてしまう。
愛玩具や利用のために無責任に飼われ、捨てられ、殺傷処分になるペットは山のようにいるのが事実だ。以前、その映像を見た事がある。とてもじゃないけど、平静を保っていられなかった。怖さと悲しさで涙が溢れた…ファーをとられる動物たちは、皮が剥がしやすいように生きたまま吊るされて剥がされる… 直視できない…

この映画は、そういった事を、きっちりとリアルに、時にサラッと、時にスリラーとして、時にホラーとして魅せている。

演出も素晴らしい。犬の目線に沿ったカメラアングル。時に犬目線であったり、不安定であったり。リアルでありつつ、臨場感がある。
リリが常に着ている青いパーカーもやけに印象的だった。赤でなく青である事も、思春期特有の少女の葛藤や彼女の本質や個性を表しているかのようだった。それを着ている時のリリは、リリそのものだから…それを着ていない時の彼女は、ある意味彼女ではない。自分を殺 したり、偽ったりしている時なんだろうと感じた。

音楽もうまく使われていた。トランペット奏者のリリが参加するオケの曲に合わせての盛り上がりや、細かな所で見ているこちらがわの気持ちを高めるものだった。常にトランペットを持ち歩いているところもポイントである。

そして、とにもかくにも、犬たちの演技が素晴らしいという事。ハーゲンの感情、喜び・悲しみ・不安・孤独・驚き・恐怖、そして憎しみ……様々な感情が丁寧にカメラに納められていて、見事だった‼‼ 感情移入し、ハラハラが止まらない緊張感がある一方で、後に恐怖へと転化していくうまさ‼ハーゲンの瞳の奥に秘める想い。

オープニングと後半にでてくる、200頭以上の犬がブタペストの街を駆け巡るシーンも圧巻である。私は、幼少の時に大型犬に太ももを噛まれた経験があり、数年前まで犬恐怖症だった。その恐怖が蘇る… (今は好きだけれど。)予告で「犬版『猿の惑星』だ」とあったが、『猿の惑星 創成期』を彷彿とさせるものが確かにある。ヒッチコックの『鳥』でもあると思う…強いたげられた動物たちの反抗の物語なのだ。

そして、それだけでなく、「移民問題」も感じてしまう。虐げられるものたち…ドイツも製作しているし、犬たちの保護施設はナチス収容所にも思えてしまう。先月、ハンガリーでは国民投票が行われた。移民導入反対が95%にものぼった。これは投票率が半数以下なので否決されだが、それを予感させるようなものだ。

ヨーロッパに昔からあるロマの人々への差別は今も全くなくなっていない。日本ではそれほど特視されてはいないが、彼らへの差別はヨーロッパの拭いきれない“負”の部分である。ナチスの差別に近い人種差別がいまだに行われている事を知って欲しい。また、更なる各国の移民への反抗はEUの考え方と違って、貧困や経済破綻しているヨーロッパの各国に現実にあるものだ。貧困が差別を生む。これは事実。アメリカもドイツもそれがあるからあの過去がある。これは欧米に限った事ではない。去年の日本での外国人留学生の就職率は過去最多であった。これを、経済の発展ととるか、職を奪われたととるかは、人それぞれだろう。


が、単純に、スリラーものやアドベンチャーとしての魅力もあるし、犬はめっちゃくちゃ可愛いし、動物好きの人には深く考えるところもあり、ホラー好きとしてもホラー演出はうまいし、深読みも出来るし、様々な視点で感情を刺激する作品だと思う。
とにかく、面白かった‼‼エンターテイメント性がきちんとありつつの、社会風刺映画だった。犬、すごい‼‼  犬、かっこいい‼‼ 犬、激怖い‼‼ 犬だけでなく生き物は感情のあるものだ‼‼ 犬、なめんな‼‼ 動物好きだと言ってる人はきちんとみる映画。
MikiMickle

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