らいち

はじまりへの旅のらいちのレビュー・感想・評価

はじまりへの旅(2016年製作の映画)
5.0
小中高と課題図書による感想文を書くのが憂鬱だった。成績評価のために巧く書くことを目指し、何を書けばいいのかと悩むからだ。本当は正解なんてなくて、自分が思ったことを自分の言葉で表現できれば良かったと振り返る。

本作によって、自身の生き様を振り返り、戒め、新たな活力が与えられた。
今の自分は考えることを怠っていないか?自分の言葉で伝えられているか?相手の想像力を見くびっていないか?

冒頭シーンより「破天荒家族の珍道中」みたいな内容を予想していたが、その後、良い意味で裏切られた。人里から離れた山中で自給自足の生活を送る家族。野生のなかで生きて、過酷なトレーニングを経て、強靭な肉体をもつ6人の子どもたちと、彼らを導く父親。子どもたちは肉体的な進化に留まらず、多くの学術書、難解な思想書を隅々まで読みきり、膨大な知識量と自らの力で考える能力を身につけている。すべては父親の子育てによるもの。「セックスって何?」という幼い末っ子からの質問に対して、具体的かつ詳細に父親は解説する。子どもたちの判断力を信じているからだ。

そんな最強家族が、山を降りて、都会に飛び出す。都会の生活、文化、そこで生きる人たちとのギャップに触れる。「どうしてあんなに太っている人が多いの?」と、脂肪と甘味料に甘やかされた一般人(アメリカ人の特性)を見て、子どもたちが疑問を投げかける。低能性がことさら強調される都会の一般市民と、何に関しても上回る優秀な最強家族。その構図に縛られ、父親である主人公の教育メソッドを讃える物語と思いきや、後半から展開が揺らいでいく。ここからが本作の真価。

世界は広い。家族は自身の限界に気づく。自然や本の中からは得られないことが山ほどある。子どもたちも父親に踊らされる一方ではなく、しっかり自分の意思を有しているのがいい。「無敵」は幻想であり、父親が与えた無茶な作戦によって悲劇に見舞われる。父親の信念が崩され、新たな選択の岐路に立たされる。これまでの子育ても父親の身勝手な教育方針によるものでなく、今は亡き母親との約束、そして子どもへの愛ゆえのことだ。それを思い知らされるから堪らなく切なくなる。

父親を演じたヴィゴ・モーテンセンが素晴らしい。子どもたちを想う父性がこちらにも伝染して、思わず泣かされてしまった。アラゴルンやイースタンプロミセスと比べると、パフォーマンスは一見地味だが、間違いなく彼のキャリアベストの名演だ。あまり目立たない作品ながら、本作で彼がオスカー候補に上がった理由がよくわかった。子どもたちの中で最も反抗的な次男を演じた男の子は、その後、「イット」で悪魔のようなイジメっ子を演じていた。これから演技派として大成しそうな予感。

昨年、自身にとってのワースト映画であった「湯を沸かすほどの熱い愛」。人間の死を巡って倫理観から外れた描写は似ているようだが、本作はまるで別物。強い信頼関係で結ばれた家族は、個人としても相手を尊重する。彼らは個人の意思に応えたのであり、それがたまたま常識から逸脱していたということ。この家族にはあらゆる物事をユーモアとしてポジティブに捉えられるだけの想像力が備わっている。終始、笑いと感動で圧倒された。

「常に正直に。常に高潔に。日々、人生最後の日と思え。吸収しろ。大胆に挑戦して楽しめ、すべて一瞬だ。死ぬな」

父親の最後の言葉にしびれた。
自分も自分の言葉として、こんなセリフをいつか言ってみたいわ。

【80点】
らいち

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