鹿江光

はじまりへの旅の鹿江光のレビュー・感想・評価

はじまりへの旅(2016年製作の映画)
4.0
≪80点≫:価値観からの解放。間違いを認める勇気と潔さ。
森に暮らす逞しい家族のロードムービー。いわゆる“普通”の生活と比べれば、その生き方はかなり変わっている。とにかくワイルドで、基本食糧の調達は狩り一択。日課の訓練では格闘技を教えたり、絶壁を雨の中登らせたり、ピンチの時もお互いすぐに助けには入らない。ケガをしたら自力でなんとかしろ。必要な知識力は課題本(?)を出しているようで、ただその内容はティーンエイジャーが通常読むようなものではなく……。クリスマスを祝う代わりに哲学者の生誕を祝い、プレゼントはサバイバルナイフ。 etc. とにかくスパルタ教育の連続で、その分通常よりもかなり逞しい子どもに成長している。「生きる力」その一点だけを見れば、彼らは申し分ない存在だ。
父親の教育方針で個人的に一番心に残ったのは、「興味深い」という言葉を無意味だとすること。そこでは常に“自分の言葉”で説明することを念頭に置いている。この「考えて、語る」能力はかなり重要である。便利なものに頼りすぎると、いざというとき自分自身を頼れなくなる。傍から見れば一風変わった子育てだが、その中には日常に塗れて生活している人たちが忘れている“生きる力”のヒントが隠されている。
とは言っても、彼らは稀有でマイノリティ。大自然に囲まれた教育と生活も必要ではあるが、この文明社会においては充分ではない。そんな大家族はある目的のために森の外へ。“普通”と比べることで、彼らはどんどん“普通でないもの”へとなっていき、周囲を巻き込んで、全員が自問自答を始め、今までの人生に疑問を抱き揺らいでいく……マジョリティとマイノリティの狭間で……「生きる」ってなんだろう。もちろん父親の考えも間違いではない。ただ偏りすぎていた。でも「中庸」を探るって、かなり難しい。
中盤からは、父親や子どもたちの行動に胸をギュっと締め付けられながら、切なくも心がほっこりする良い物語だった。またヴィゴ・モーテンセンの演技が涙を誘う。ラストシーンも今後の人生が垣間見えるようで、とても温かい描写だった。後味が非常に良い。
そして何より劇中でシガーロスを使うという名采配。美しい音楽がこの物語にとっても合う。まぁシガーロスを使う作品はだいたい良いに決まっているけどね!さらにエンディングではボブ・ディランの『I Shall Be Released』をカヴァー。良い良い、非常に良い……最後までじっくり楽しませてくれました。
自分の言葉には責任を持つこと。そして、自分の信じていたものが間違いだと気づいたとき、素直にそれを認められるような、そういう人間に、私はなりたい。
はぁー、お気に入りラインナップに追加。良い作品に出会えました。
鹿江光

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