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はじまりへの旅のERIのレビュー・感想・評価

はじまりへの旅(2016年製作の映画)
3.9
なんだか毎日を反省してしまうな。そんな考えさせられる作品でした。「Captain Fantastic (邦題は、はじまりへの旅)」

興味深い作品だ、なんて言ったらキャプテンに怒られちゃうので出来る限り考察を。映画を見ている私たちは、社会から抜け出して生きるベン一家と、思考が停止され甘んじたように見える社会(特に資本主義)とを客観的に両方見ている状態にあるので、奇しくもどちらがいいと優劣をつけてしまいがちだし、家族の一喜一憂を共有すればするほど彼らに投影してしまう。だけどあの家族が本当に素晴らしく私が一番共感したのは、お互いを愛し、それを自らの言葉で表現して行動できるところだ。お墓を掘り返して、ママの意思を尊重し、火葬しながら全員で葬い歌うシーンは心を掴まれる。家族の想いが美しくて泣いてしまう。

この映画の面白いところは、ベンの方針である程度きたものの、子供たちも大きくなり彼らが意思を持ってこれからの未来をどう生きるべきか、というタイミングを描いていることにあると思う。

ベンとレスリー、二人で生きていた時は良かったけれど、子供たちが大きくなりこれからを考えた時にただ社会から離れ全てを拒否した原始的な暮らしが逆に不自由になってくる。本や森から学んだことは実際に子供たちを強くしたけれど、社会で学ぶべきことを何も知らない彼らは、食事や恋や、怪我の治療だってままならないのだ。そして悲しいかなベンは否定する社会に助けられることもある。

資本主義の社会の中にも活き活きと生きている人たちは大勢いるだろう。ただその比率が低くなってきている事実は否めない。システムの中に組み込まれてしまえば、正直何も考えずに流されて生きることだって出来てしまうから。

ママが自殺をして、この家族の秩序は崩れた。大きな喪失感と、ママに会えない不条理が子供たちを苦しめる。一方で、レスリーの父(子供たちにとってはおじいちゃん)も同様、娘を失った悲しみは大きく、苛立ちを持て余している。だからこそ娘婿を非難する気持ちもわかるのだ。どちらも間違っていなくて、ただその人を愛して、早くに失った命を前に佇んでいるし、ぶつけたい愛情が胸いっぱいで置き場所がない。

長男のボウの初めてのキスシーンや、次男のレリアンの父への反抗。ニヒルなドラムシーンから始まる家族全員の演奏も最高だ。下の二人のサージとナイも可愛すぎるんだよなぁ。そして家族が大きなバスに乗って社会の荒波に突入するシーンはとても印象的。

ヴェスパーが屋根から落ちて大怪我をしたとき、父のベンは目が覚めるように自分の過ちに気付く。本当の意味で妻のレスリーの考えに向き合い、息子を独り立ちさせ、家族の生き方も改めていくラストが私はとても好きだった。

資本主義だからと言って社会全てを否定するのは結局考えてないことと同じで、社会がそう言っているからと何も考えず迎合するのもきっと人間らしくないあり方だ。答えは人の数だけあるし、正解を誰かが決めるわけではないから、物事をよく見て具体的に考え選択してくことが大切なんだろうなぁ。それって面倒臭いし、時々嫌にもなるんだけど、自分の体と頭と心で生きていると、生きる歓びは大きくなるのだと、ベン家族が教えてくれた気がする。
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