まっつん

エイリアン:コヴェナントのまっつんのレビュー・感想・評価

エイリアン:コヴェナント(2017年製作の映画)
4.2
ごめん、色々言われてるけどめっちゃ好き。プロメテウスと同じくらい好きかも。

リドリースコットによるエイリアンシリーズ前日譚2作目!前作プロメテウス好きな人なら結構気にいるんじゃないですかね?ちなみに僕はプロメテウスが大好きで、あのリドリースコットっぽい「神」や「創造主」というものへの突き放した視点がもはや悪趣味なブラックコメディの域まで達している傑作だと思います。しかし、「前日譚すぎるだろ!」とか「乗組員アホすぎるだろ!」とか「エイリアン全然出ねぇじゃねぇか!」というツッコミに関して全くその通りだと思いますが、もうそこはリドリースコットも分かってやってるバランスだと思いますよ。

そして今作も引き続き「神」や「創造主」についての物語であり、「創造された側」と「創造する側」の物語でもあります。このコンセプト、さらにはオープニングカットから実は本作「ブレードランナー」をすごく強く意識させるのは何か意味があるのだろうか?そしてオープニングシーンからして本作ははっきり前作にも登場したアンドロイドのデヴィッドの話であることが分かります。それどころか映画を観終わった後にはこのオープニングシーンが非常に示唆的であったことも分かります。

そして本作ではキリスト教文学や詩からの引用が非常に示唆的に使われています。特に全体にミルトンの「失楽園」の影響が見て取れます。元々原題は"Paradise Lost"なので間違いないでしょう。つまりは神への反逆の物語です。そして本作のルシファーこそがデヴィッドなのです。さらにはデヴィッドが口走るオジマンディアスの詩。オジマンディアスとは古代エジプトの最盛期の王、ラムセス2世の事なのですがその偉大さを自分と重ね合わせるデヴィッド。彼はこの詩をバイロンの詩と勘違いしているのですが実際はシェリーの詩である事を同じ型のアンドロイド、ウォルターから指摘されます。そしてシェリーが書いた大作は「縛を解かれたプロメテウス」。人類に火を与え神の怒りを買ったプロメテウスを解放する話です。(この作品の背後には産業革命があり、火=テクノロジーの象徴です)そしてシェリーの妻メアリーが書いた作品こそが「フランケンシュタイン、あるいは現代のプロメテウス」です。テクノロジーにより創造主となった男が、創造した側からの反逆を受けてしまう....全て繋がっています。さらにデヴィッドが弟分のウォルターを殺すという展開は旧約聖書「創世記」の兄カインが弟アベルを殺す話がモチーフになっていると思われます。そして最後に流れる曲が楽劇「ラインの黄金」の「ヴァルハラへの神々の入城」。冒頭でデヴィッドが弾いていた曲です。世界を支配するラインの黄金を強奪したアルベリヒのように、デヴィッドも「創造主」の座に君臨するわけです。

そして「フランケンシュタイン」の引用からも分かるように、本作の後半はあからさまな怪奇映画テイストになっています。見知らぬ場所で発見した古城ではマッドサイエンティストが世にも恐ろしい人体実験を繰り返していた.....非常にオーソドックスな怪奇映画のストーリーラインです。そして実はエイリアン一作目は怪奇映画を79年当時のテイストで再解釈した作品であったため、本作はそこへの原点回帰ともいえる作品だと思います。

んで正直僕はエイリアンが出てくるパートは蛇足の様に感じてしまいました。リドリースコット的にもエイリアンで怖がらせるのはもう無理だって分かっている上で、出さないとさすがにまずいかなぁということで出したんだと思います。要は妥協案に近い作品かなと。さらに前作以上に迂闊な行動をして目も当てられない事態を招くコヴェナント号の乗組員たちにイライラもさせられますがそこはもうギャグとしてやってるんだ!個人的にはデヴィッドの物語をもっと観たいし、自分の人生に意味を見出そうとするインテリジェントデザイン的な考え方に対して無神論者リドリースコットがどの様に決着を付けるのかが気になるの(オデッセイでその答えは出てる感もありますが)で是非とも続編お願いしたい!