マルジナリア

山の音のマルジナリアのレビュー・感想・評価

山の音(1954年製作の映画)
4.5
再見。ほとんどが室内撮影で、いっけん地味にもみえる作品だが、的確な構図と静謐なモノクロ映像が極度に美しい。この抑制されたモノクロームの映像世界でこそ、原節子の、あのただならぬエロティシズムが際立つといえる。当時の映画がもちえた気品。
ラストを別にすれば、川端康成の原作におおむね忠実だが、六十過ぎの信吾(山村聡)の不安と欲望のありようが、成瀬作品ではやや曖昧に感じられる。そのぶん作品の不穏さと悲劇性は弱まった。ここでの山村は欲望(不安)の主体というよりも、傍観者に近く、むしろ物分かりのいい穏やかな老人にみえる。これはしかし、原節子が原作の菊子にはない過剰なエロティシズムを持ち得たこととの、トレードオフだったのかもしれない。世代の違うあのふたりの”相思相愛”は、純潔であってこそと、川端も成瀬も考えていたことは明らかだろうから。
あるいはラストの改変からも窺えるように、やはり成瀬は成瀬らしく、女の主体性にこそ力点をおいたのだともいえる。