山の音の作品情報・感想・評価

「山の音」に投稿された感想・評価

優しく穏やかな時間。
厳格というよりは優しげな父。
少しシニカルではあるが、悪意はない母。
可憐で持ち前の華やかさとしとやかさを持つ息子のの嫁。
かつてあった日本のイメージの家庭の中に、不倫に生きる息子と、父親に愛された実感がなかったために現在の夫婦生活にイジケがちな娘。
物語の進行は、その優しさ穏やかさをたたえたまま、ドロドロとした。いびつな現実をサラリと展開していく。

人間というのは、美談めいた感傷の中で、特にこれは、「日本人的」ということなのかもしれないけれど、コミュニケーションが下手である。
特に、言文一致の生き方ができない。
元にある感情をあるときは抑圧し、はぐらかし、感情そのものを変質させ、まるで美しい物語のように思い込んでしまう。

小津安二郎がその歪さを、歪なまま滅びていく家族を描いたというのなら、成瀬巳喜男は、それでもまだ生き延びていくことを、淡々と描いている。
小津が「こういうシャシンは撮れない」と言った美意識の違いはなんとなくわかった。
scotch

scotchの感想・評価

3.0
時代は違っても男女関係のドロドロぶりは同じですね。
美人妻(原節子)がいるのに外で女を作るゲス男(上原謙)。しかし、昔のゲスは今ほど叩かれません。女の方が耐え忍ぶばかり。このゲス男、しっかり両方に子どもを…上原謙が布団から原節子を呼ぶ。そんな描写は全くないのに妙にエロさがあります。
この不憫な妻を優しくするのが義父(山村聰)。美人妻の方もまんざらではなさそう。やばい、やばすぎる、もはやこれはAVのストーリーではないか(笑)
今ほど簡単に女体を拝めぬ昔の男は、こんな作品でエロの欲望を抑えていたのかもしれない(笑)
川端康成、谷崎潤一郎、そんな作品が多々ありますよね、そんな作品を純文学と言っていいのか?(笑)
【同盟戦線】

自分は昭和初期〜中期を描いた邦画がたまらなく好きである。
特に好きな邦画監督なら迷わず小津安二郎をあげるし、好きな俳優なら笠智衆。
そうなって来ると好きな女優は原節子になるはずだ。

鎌倉を舞台に、ある家族を描いた映画。

当時は珍しくない二世代同居の家族。
お父さんと息子が会社から帰って来るのはサザエさんでもお馴染みの光景だが、やはり何か落ち着くものがある。

困ったことにこの長男は不倫をしている。
しかも、それはみんな知っている。
そんなとき、長女が子供を連れて帰ってくる。
彼女の存在が家族に波紋を広げ始め…


とにかく原節子の役が切なすぎる。
いわばもう妻というよりかは家政婦さんという立ち位置。


この映画の魅力はそんな彼女と義理の父の関係だ(断っておくが決して変なAVじゃない)。
後半に連れてこの2人のなんとも言えない関係が実に心地よく、ずっと見ていたいと思えたりする。

最後道を歩いて行く2人に栄光あれと願わずにはいられない。

2017.11.13
あらき

あらきの感想・評価

4.0
影と視線の映画
気持ちが嫁舅の範囲を飛び越えそうになると山村聰と原節子の体に影がかかる
中北千枝子の目はほんとにいい
川端康成の同名小説を成瀬巳喜男が監督で映画化した作品。ドロドロのホームドラマで原節子さんの演技もさることながら、嫁に異常にやさしい時以外はいつも取り乱さない耐える山村聰の父親像がよかった。それにしても上原謙のクズ夫ぶりにはドン引き。あんなすました顔してまったく。
昭和20年代の風景も味わい深いです。
国領町

国領町の感想・評価

3.0
★★★liked it
『山の音』 (1954年)  成瀬巳喜男監督
ヤマノオト ナルセミキオ
原作は川端康成の代表作 『山の音』

60歳ぐらいお父さん,信吾夫婦と同居してる長男夫婦
長男の修一がよそに女をつくり嫌な奴、その嫁が原節子演じる菊子。
菊子が不憫でかわいそう、義父の慎吾がいい人でやさしいのが救い
慎吾は息子の愛人に会いに行ったり、息子に説教したりしてくれるんだけど・・・・
義理父の慎吾の菊子への淡い、淡い恋心がうっすらと感じられたり

最初は小津っぽいかなと思ってたけど、なんだか重い、悲しいなぁ
ラストシーンはなんともいえない余韻

黒澤明、小津安二郎に比べて観てないけど
成瀬巳喜男監督もいいなぁ
Marrison

Marrisonの感想・評価

4.8
横綱大関級の作り。
原作こんなにスピーディーだったっけ?──と面食らうぐらいにすべての場面がキビキビしてて、そのまんま四時間ぐらい観ていられそうだった。最初の山村聡さんと原節子さんの正面切り返しのところには古色強くて困りかけたが、以後は不満一切なしで畏敬の念がずーーっと。

子役もふくめ、ガキくささで足引っぱる者が一人もおらず、出演者全員を大人さが貫いてた。統制が利いてた。特に、遊撃手的に多彩に言い動いた母さん役と、端役を超えて清涼なほどの緊張感を空気中に容赦なく加えてくれた初代秘書役が、エクセレント。一言でいえば、「演じてる」よりも「成りきってる」んだ、監督の指示の下みんなが。
父と長男(山村さんと上原謙さん)の声の高さが違って聞き取りやすく、フェイス的にも人間味の出やすい綺麗さ(山村)vs仮面的な端整さ(上原)……それでいて親子っぽさもちゃんとあったね。その頃の邦画としては新味ない配役であるものの相当強し!
映画観るたんびに必ず怖い原さん……ああ。。
この私の生活に全然関係のない各登場人物の諸事情なんだけど、ずっと真剣に受け取りつづけてあげられた。女性による脚色というのも大きい。

さて、どう終わらせるかだ。
結論をいえば、ラストだけ少し不満あり。「演じる」が梅、「成りきる」が竹、「出し尽くす」が松だとすれば、この映画、ずっとずっと立派な竹で来てたのに、最後の最後の緑地公園の原さんは、無事に終わりたいとの願いばかりで「成りきる」から「演じる」へと後退してた。目薬使ってるのがその証拠。
はっきり言います、そこで本物の涙を流せなきゃ嘘です。そして、山村さんまで貰い泣きするのが真です。山村さんの方は原さんよりは巧かったものの「成りきる」止まりで「出し尽くす/神がかる」まで行けなかった。
二人とも、人生経験の(その時点での)乏しさが出ちゃったんだよ。未婚の原節子さんが離婚決意前後の機微真情なんか、やっぱり摑みきれなかったのね。山村聡さんにしても、台詞の束が結局、老いた義父のというより兄的な優しさだったかもね。本当の老人じゃなかったから。
 
それはともかく、途中の「ずるずるべったん」という成瀬節は嬉々として聞いた。


ところで、川端の原作は私、学生時代にしっかり読んだのに、内容まったく今覚えてない。“現代日本文学の最高傑作“だなんて新潮文庫が祭り上げてるのはちょっとそれ違う。日本にはそもそも真の意味で傑作といえる長篇小説は存在しない(中上健次を頂点とする優れた私小説やエンタメ類は除く)中、あえて相対的な最高峰を挙げるならば漱石の『明暗』。たとえ前半超退屈でも未完で終わっていようとも『明暗』以外を挙げる権利は誰も持たないのだ。あまり好きじゃないけどとにかくそういうことなのだ。(文句ある人は誰か国文学をまともに学んだ人に訊いてごらん。)
原節子の義母の顔が、『ティファニーで朝食を』の例の偏見丸出しの日本人大家と似ていた。外国人からみた一昔前の日本人像は丸メガネで目が細くて出っ歯などのイメージがある。この前中国人の友達にも同じようなことを言われて、そのイメージはどこから来ているのか疑問だった。この映画をみて少し納得。昔の日本人の顔ってこんな感じだったのか。すごいアジア的で猿っぽい。そりゃ欧米人ははアジア人を見下すわな。
ストーリーに関して言えば、小津安二郎『東京物語』や黒澤明『生きる』に見られるような小さな世界の話。ハリウッド的な勧善懲悪や最後にカタルシスがあるような(このイメージはもう古いか?)ことはない。どんどん話が望まない方向に進んで行き、最後に大きな決断をするが、誰も幸せにはならなそうな未来が予想できる。映画館を出ても虚しさだけが残る。人間の一つ大切な感情を沸き起こさせるが、俺は映画にはこれを求めていないなあ。まあでも、だからこそたまにはハプニング的に映画館に入るということも良いのだが。
『昭和のダンディズム』という特集で上映していた映画だったが、ダンディズムとは小さくて弱い人間が、それを開き直ってやけになりつつも、そこはかとなく滲み出てしまう哀愁のことなのではないだろうか。
「昭和のダンディズム」特集で、上原謙の出演作として上映されていたけど、上原謙がクズ過ぎて、よっぽど山村聰の方がダンディではないかと思ってしまった。
原作には義父と菊子の恋愛要素があるみたいだけど、なくしたのはグッジョブ!

「池部良と昭和のダンディズム」
@神保町シアター
面白いけど子供たちの嫌味っぷりがキツすぎてそこまでノれなかった。
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