鹿江光

完全なるチェックメイトの鹿江光のレビュー・感想・評価

完全なるチェックメイト(2014年製作の映画)
3.7
≪75点≫:犠牲になった駒たち。
正直に言うと、もっとスリリングで攻撃的な展開を期待していた。「チェックメイト」という言葉と共に周囲の音が消え、盤上に駒が静かに降り立つ……そんな劇的なシーンを期待していたが、物語はもっと淡々としていて、天才が故の栄光と悲惨さが描かれている。
『ブラックスワン』や『セッション』、『ビューティフルマインド』や『イミテーションゲーム』など、数々の作品で「天才」と「才能」というものが映し出されてきたが、そういった誰もが羨み欲する光は、必ずしも人間を幸福にはしてくれない。
星の数ほどもある手を誰よりも多く読み、その中にある唯一無二の神の一手を打つ。それも最短ルートで誰よりも速く。それがチェスだと、ボビー・フィッシャーは言った。天才を証明する彼の頭脳は、そんな機械のような働きを酷使され、次第に崩壊し、狂っていく。その姿がなんとも悲惨であるが、盤上の上では限りなく美しく観えてしまう。
チェスについて詳しいことは知らないが、そんな僕でも対局のシーンの緊張感は手に汗握るものを感じた。何が起きているのかは解らないけど、互いのエゴのぶつかり合いというか、この対局が全世界にとってどれだけ重要視されているかが容易に見て取れる。
言ってしまえば、この2人の対局は米国とソ連の代理戦争だ。それも互いの威信をかけた、「見えの張り合い」である。そんな大きな力を持つケンカに、2人の天才は駒として利用された。様々な犠牲を払いながら、ただ「勝つ」か「負けるか」しかない盤上に、2人の天才は命を削って一手を打った。
史上最高と言われる6局の凄みが理解できれば、また大きな感慨が押し寄せるのだろうか……。でもそのためにわざわざチェスを知ろうという気はしない。何故なら、知らなくても面白いから。それだけこの作品が良くできているという証拠ではないだろうか。
鹿江光

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