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モヒカン故郷に帰るのぶんぶんのレビュー・感想・評価

モヒカン故郷に帰る(2016年製作の映画)
5.0
役者、演出、脚本、音楽、どこから褒めればいいのか、右往左往してしまうほど、素晴らしい映画でした。


ガンを患う老いた父(柄本明)。
その看病を通じて、息子(松田龍平)は「親っていつか死ぬんだ」という当たり前の事実に、初めて行き当たります。
子供の成長は、イコール親の老い、そして死。
「東京に帰れ。お前に優しくされると、明日にでも死んでしまうような気がする。」
柄本明の台詞には、その当然の事実の、それゆえの残酷さが凝縮されているように思えます。
強がりや、照れ隠しではない。
父もまた、一人の人間として、純粋に死を恐れるのです。


この映画のテーマは家族です。
そして家族とは、一人の人間を越えた概念です。
成長する子は父を追いやり、新しい父となり、家族を更新します。
その意味で、この映画の中で、息子の恋人が妊娠していることは必然でしょう。


息子の恋人は、家族にとっては”他人”です。
ある日、突然現れるその他人が、家族のメンバーに対して、家族の更新の時期を、現在の家族の残り時間が短いことを暗に宣告します。
この映画は、その残酷さを隠しません。
だからこそ、父も母(もたいまさこ)も、こうした家族の映画では不自然な程に、「孫」が生まれる喜びを語りません。
劇中、「孫」という言葉が使われるのは、おそらくは一度だけ。
前田敦子が、死が間近に控える柄本明に「初孫だよ。」
対する柄本明の答えは「・・・(結婚)式は?」
それは、家族の更新を受け入れるための儀式のように響きます。


息子の恋人を演じる前田敦子は、その残酷な他人の役割を、完璧に演じきっています。
東京の頭の悪いギャルである彼女は、愛らしく眩しくて、生き生きと魅力的で、そしてドライです。
父がガンを宣告され、家族が悲しみに暮れる夜、彼女は慣れない手で、初めて魚を捌き、内臓の匂いに顔をしかめます。
それは死の香りです。
彼女は、彼女にとっても他人である義父の死を、必要以上に悲しまない。悲しみにも寄り添わない。


長々と書いてしまったけれど、この映画が本当にすごいのは、こうした話を、思いきり笑えるコメディで包み込んでしまったところです。
それが、どうしようもなく面白い。
とほうもなく愛さずにはいられないのです。


それは、時に残酷な世界の中で、残酷な運命を背負わされた者たちによる、抵抗の笑いかもしれません。
そのバックで流れる音楽は、子供たちによる吹奏楽。
曲は矢沢永吉で『アイ・ラブ・ユー、OK?』。
この世界が闇に消えても。
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