いっちー

ハーモニーのいっちーのネタバレレビュー・内容・結末

ハーモニー(2015年製作の映画)
4.6

このレビューはネタバレを含みます

意思のある人を人は好きになり、意思が人を人たらしめる

そんな世界には行かせない、だってミャハのことが好きだから

人が人を好きになる理由は、その人の行動が自明だからではなくて、その人唯一の意思を持っていると思っているから

人はみな幸せになりたいはずだけど、そのために、欲求と反する意思が不可欠だった。それを、watch meに委ねてしまった。
意思がなくても幸せになれる世界。
意思を使わなくても良い世界と、意思がない世界はどう違うんだろう。

意思を使わなくても幸せがあることに、その人の意思で納得していることと、
そもそもその幸せに意識さえできないこと。
客観的な視点で見るディストピア。
自分の意識が自分のものかどうかは誰が分かるのだろう
それこそ死を望むときだけなのかもしれない
死の体験を通して、自分の意識と向き合い自分の意思が芽生える?
現実世界でも、そのようなことがあるかもしれない。
自分の意識を他人に委ねていることに、少しずつ気付いていく体験が自分にもあり、それに気づく度に、「あの頃の自分は死んだ」という感覚を持っていたなぁと。

ミャハはいつから、自死からハーモニーを望むようになったんだろう

ハーモニーを望んだのは混沌の先に連れて行きたかったから?
そもそも混沌とは?

ハーモニーを実働させてしまったら、誰がそれを止めるのだろう
ハーモニーが働いている人は、自明の世界を生きることになる。存在していることになるのだろうか

ミャハの生まれた少数民族は、なぜ近親交配を繰り返していたのだろう。それを続けていくことは、何の観点から合理的だったのだろうか

そもそもハーモニーはどのようなシステムなのか、脳内の報酬系の調和のみに作用するのか、どこまで行動に作用するのか。

ハーモニーを入れた人は、2年後の倍の報酬を得るという選択をできるようになる。
不確実な世の中で、どこまでの時間軸でその合理性を保つことができるようになるのか?
それとも全員が合理的に動くことが保証されたら、結果論ではない合理性・秩序を持つことができるのか?

ハーモニーを入れていない人との関係性は?
いっちー

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