燦

この世界の片隅にの燦のレビュー・感想・評価

この世界の片隅に(2016年製作の映画)
-
 原爆によって黒こげの死体になったり兵士として戦場に送られるも人海戦術に使われたり,その人が固有のその人自身であることの必要性を感じにくくなった時代。自分の固有性を感じられる居場所を求めながら混乱を極める時代を生きるすずさんの物語。

 北条家に嫁ぐのは自分である必要はなくて、代用品なのかもしれないという不安を抱いていたすずは、ここはあなたの居場所だという義姉の言葉や、どこにいてもすずを見つけ出せるという夫の言葉で自分の固有性と居場所を確信していく。

 固有性が揺らいで、自分なんて誰かと互換性があるんじゃないかと思ってしまう感覚は大戦期特有のものではない。現に、ドラマ版の「この世界の片隅に」では、「この仕事、わたしじゃなくてもいいんだよな」と思い悩んで仕事に行けなくなる現代の女性が登場する。

 TWICEの「Feel Special」という曲はこの作品と少し似ている気がする。「大したことない存在のようでも/消えてわからない人のようでも/わたしを呼ぶあなたの声で/わたしは愛されていて特別な存在なんだと感じられる」という歌詞は、ほかの誰でもないすずを探して彼女の名前を呼ぶ周作と、彼のおかげで自分の固有性への確信を強めていくすずに重なる。すずが「この世界の片隅に」自分を見つけ出してくれた周作への感謝を述べるのは、「大したことない消えても分からないかのように存在しているけれど、特別な存在なんだと確信させてくれてありがとう」という意味なのだろう。

 愛されたいという願望を土台に自分を愛してくれる人を愛そうとするのは、自分を愛してくれる人を求めているのであって目の前にいるその人である必要はないということであり、相手の固有性を否定し互換性を肯定する行為であろう。だから、愛されることばかりでなく愛することを大切にして,あなたは特別なのだと大好きな人の固有性を全力で肯定できる人間でありたい。この映画を観て強く思った。
燦