湾岸線

湯を沸かすほどの熱い愛の湾岸線のネタバレレビュー・内容・結末

湯を沸かすほどの熱い愛(2016年製作の映画)
4.5

このレビューはネタバレを含みます

家人からのお勧めで前情報は全くなしの状態で視聴。
銭湯「幸の湯」は店主が行方知れずのため、休業中。残された母子の朝食のシーンから始まります。何気ない日常に見えるそのシーンから、安澄の学校での生きづらさ、双葉の余命幾ばくもない状態であること、一駅離れたというあまりの近いところに隠し子と一緒に住んでいた父親など、断片的に物語りのあらましが見えていきます。下着をプレゼントする、カニが送られてくる、安澄が手話話者の手助けをする、エジプトに行きたいピラミッドが見たいと話すなど一見なんでもないシーンでも後々大きな意味を持つシーンが序盤に盛り込まれていることに気付くと、とてもよくできた脚本なのだと感じました。この方の作品を他にも見たくなります。父が帰ってきた日、誰の誕生日でもないのにしゃぶしゃぶだったのは、新しい四人の家族が生まれた日だからなのでしょうか。
とにかくも、序盤から涙なしには見られませんでした。「分かる!」「分からない!」のよくある母子の言い合いに、一石を投じた母の言葉に勇気を奮い立たせた安澄。母からの下着をあえて身につけて武装していったところに涙が溢れます。
鮎子は、父に連れられて来たものの、家族になじんでいなかった。それはここで家族になるなら自分の母親を捨てなくてはいけないと思ったからだと感じたのですが、こんな小さな子の心を悩ませることにまた涙が出てきて……「誕生日までには」なんて信じられない大人の言葉を純粋に信じ込んで、母親を待ちに元いたアパートへ戻ります。双葉がそんな鮎子を抱き寄せてあげるシーンは、思い返せば自分もまた母親を待ち続けて幾年、諦めきれない気持ちを痛いほどに分かっていたからなのでしょう。
その後、カニを送ってきてくれた坂巻が実は安澄の母親であることを明かして、双葉は一度切れた二人の親子の縁を結び直します。自身が亡くなっても、安澄を見守ってくれる人が一人でも多い方がいいと考えたのではと思うと、この人は本当に愛に溢れた人なのだと胸が痛くなりました。

彼女が家族を想ってやろうとしたことがあらかた済んだ時「疲れた」と呟いて倒れる双葉。彼女に駆け寄った二人が「お母ちゃん!」「お母ちゃん!」と喉が切れんばかりに呼びかける姿に、産みの母ではないけれど二人にとって双葉が「お母ちゃん」であると明らかに示されたシーンなのだと感じました。

その後、物語は双葉自身の物語へと変わっていきます。
このあたりで、大分泣き疲れてちょっと放心状態になってしまったのが個人的に惜しかったです。二度目なら、また変わるのでしょうか。

双葉が母親に会いに行くシーンは、胸がしめつけられて見ていられませんでした。今の幸せを壊さないために、昔自分が捨てたものを「知らない」と断ずる。それは母親の立場からすれば当然とるだろう行為なのかもしれませんが、その幸せが双葉の中に影を落としていることは確かで、だからこそ私もまた置物を投げ入れたくなるほどの衝動的な感情に駆られる双葉を責める気には到底なれなくて、辛く感じます。

一浩が自分達は大丈夫だ、お互いがお互いを支えてこれから生きていけると示唆する人間ピラミッド。やっていることはとても陳腐なのかもしれませんが、恐らく「それしか思いつかなかった」と述べた一浩の言葉通り、彼の精いっぱいなんだろうなぁと感じて、双葉の涙にもらい泣きしてしまいます。

最後だけがもしかしてという疑惑があるのですが、文字通り双葉で湯を沸かして、その愛を「温かい」と表現したということではないんでしょうね……? それだけがとても気になるのですが、どうなんでしょうか……。

とにかく脚本が本当によくて、何度も何度も反芻したくなる作品でした。
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