人喰いうなぎ

ハッピーアワーの人喰いうなぎのネタバレレビュー・内容・結末

ハッピーアワー(2015年製作の映画)
5.0

このレビューはネタバレを含みます

この映画で撮影されているのは現実の代替としての演技ではなく、人が役を演じている姿だ。

ほとんど素人同然の役者たちが与えられたセリフを喋り、他の登場人物たちとの距離感が身体の接触によって映される。
そして4人の女優達が演出を受け、俳優として上達していくとともに、演技を撮影している世界が段々現実に近づいていく第1部。

そして第2部において、4人の女性たちは
「嘘だらけの関係性はいやだ」
と役割への反抗を始める。
人間の細胞を研究し、人間の出来方を分析的に見ている(それは創り手視点とも言える)夫に我慢できなくなったジュンは1足先に、役を演じる作品世界から退場する。
そしてジュンもまた、ある登場人物を創りだした存在であったことが判明する。

そして第3部冒頭の、朗読会という名の壮絶な映画の事故言及を通過した、残された3人の女性達(≠女優)は、役割に反抗した結果アイデンティティを喪失しかけたり、役割でなく自らの意志で元の関係性を望んでみたりする。

というのがあくまでも自分のこの映画の観方だ。
”演技しているところ”を”撮影した”ものだから、あの列車の窓にはカメラが写り込んでいたのだ。そう解釈するのが観客である僕にとって幸福なことだ。


こういう、”役割を演じること”のある種の絶望感が、撮影と編集という映画作成の過程を経て、「素晴らしい映画」になってしまうということは、ずっと映画を観続けていると稀に出会う。
自分にとってそれは「ヤンヤン夏の想い出」だったり「Unloved」だったりするのだが、「ハッピーアワー」もそういう映画になった。勇気出して観てよかった。

ただ、この映画の場合その方法は少しメタっぽすぎる方法だったかもしれない。