JohnConstantine

美術館を手玉にとった男のJohnConstantineのレビュー・感想・評価

美術館を手玉にとった男(2014年製作の映画)
4.2
映画は家派の自分としては珍しく映画館で鑑賞。
ほぼドキュメンタリーです。

当時具合が悪くて仕事を数ヵ月休み自分と色々と向き合ってみた結果、ずっとやってみたかった創作活動を始めて日が浅かった自分には深く心に突き刺さった作品でした。

贋作を美術館に無償で寄贈し続けるランディスの心理や創作欲求について理解するのは物を創り続けないと分からない部分がある。
評価を得たい、承認を得たい気持ちが強い人もいれば、憧れから仕事にしたい人もいれば、ただただ頭の中にあるものを形にしたい人もいる。

私自身は評価云々やお金とは無関係にただただ沸いてくるアイデアを形にする、欲求というよりは取り憑かれたかあるいはそういう機械かのように創作をしていた時期で、創作が自分のアイデンティティ、いや創作すること自体が自分自身と同化しているような感覚でいた。
それゆえにランディスの作ることへのともすると機械的にも見える部分やそのこころの内に何があって何がないのか、が非常に良く分かって、強く感情を揺さぶられた。

彼に病気があっていまひとつ感情に乏しい所や、いつもベッドの同じ位置にすわって食事を取る、そんなところにも妙に共感してしまった。


その贋作技術を逆手に取って個展を開く流れになるのだが、果たしてそれが彼にとって幸せなことなのか。それは彼にしか分からないが、あの個展は周囲のためにという意味が大きかったようにも思う。
彼自身は周りがどうあろうが創作を止めることはない。
だが倫理的に言えば無償提供とはいえ贋作を作ることは肯定できない。そんなディレンマの終着点が彼を1人のオリジナルな作家とすることで、周囲は納得したかったのだろう。
その後私自身も展示をさせてもらったり、国内外からオファーを受けたりと色々あったが、やはり自分の創作の理由や目的はそんなことにはないことが良く分かった。
ランディスならこの感覚を分かってくれるかもしれないとも思うが、彼は目を合わせてくれないだろう。


あるミュージシャンが「とにかく作ることだ。それがどんなに下らない物でも作り続けろ」という言葉を残している。

創作活動において真の天才とは、作ろうと思うことなく作り続ける人なのかもしれない。
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