何もかもが究極的

セトウツミの何もかもが究極的のレビュー・感想・評価

セトウツミ(2016年製作の映画)
1.1
単なるダルさに襲われる。特に何が起こるわけでもなく、ただ関西弁の会話が続くだけだ。関西弁人は、圏外の人から見ればエンタメに見えるのか?大森監督は、東京の人なので、どうしてもざわとらしさが見え隠れする。自分をユーモアのある面白い人物だと示す為に、エセ関西弁を使う人間がいるように、これは関西弁を使っているから大阪の面白い映画だよというようなワザとらしさがあるのだ。
関西人は、自分の行動を面白いと思って行動していない。その自覚のなさに面白さがある。
どうも東京の人は、それを履き違えて、関西弁を話せば楽しくなると考えている節がるように感じる。東京の人は、自分達が日本の中心で、日本文化の基本は自分達だとでも思っているのか?関西は亜種だから面白いと思っているのか?
その間違った主観が、こんなつまらない糞を作っている事にいい加減気付くべきだ。