netfilms

ワンダーストラックのnetfilmsのレビュー・感想・評価

ワンダーストラック(2017年製作の映画)
4.1
 1977年ミネソタ州ガンフリント、12歳の少年ベン(オークス・フェグリー)は悪夢にうなされたところを、年上の青年に体を揺すられ、現実の世界へ帰還する。ベンと兄らしき青年とが母親を別の名前で呼んだ時点で、ベンは孤独な少年だと認識する。12歳の少年は最愛の母親エレイン(ミシェル・ウィリアムズ)を交通事故で亡くし、叔母の家に引き取られ暮らしていた。彼は父親とは一度も会った記憶がなく、叔母は大切な言葉をいつもはぐらかす。ニューヨークで大停電が起こった1977年7月13日の嵐の夜、暗がりに立つ離れから聞こえて来たDavid Bowieの『Space Oddity』のメロディに導かれるようにして2階に誘われたベンは、そこで叔母になりきる従姉妹の姿を確認する。身体で弾かれたレコードの針、そそくさと部屋を出る従姉妹を前に、ベンはもう少しこの部屋に居たいんだと伝える。子供の心地良い隠れ場所は、原作で脚本を務めたブライアン・セルズニックの『ヒューゴの不思議な発明』でのモンパルナス駅の時計の針の裏側を真っ先に想起させる。ベンは夢のような場所で金箔に彩られた青い横長の本を手に取る。そこには「愛を込めて、ダニー」と書かれたニューヨークのキンケイド書店のしおりが挟まれていた。

 母親を無くしたベンと、それからちょうど50年前のニュージャージーに住む聴覚障害の少女ローズ(ミリセント・シモンズ)という2人の孤児がクロス・カッティングされる物語は、77年が原色に彩られた瑞々しいカラーで描かれるのに対し、27年はモノクロの陰影を持って描かれる。孤独な少年と少女の焦燥は彼らの生い立ちを詳らかにしながら、聾唖の少女と聾唖になってしまった少年とを生まれた場所とは別の土地で結ぶ。アイリス・アウトを効果的に使用したリリアン・メイヒュー(ジュリアン・ムーア)の『嵐の娘』は、サイレント時代のキング・ヴィダーの作品群へのオマージュに他ならない。27年という年はサイレントからトーキーへ移ったまさに映画史の転換点であり、聾唖という身体的ハンデを持った彼女が、映画が音を持つ事実にどれほど衝撃を受けたかは想像に難くない。ローズは物々しいホーボーケンの雑踏からフェリーに乗ってこの地へ、一方のベンは、ポート・オーソリティのバス・ターミナルでニューヨークへ降り立つ。

 かつて50年代を現代に蘇らせた郊外の『エデンより彼方に』や都市部ニューヨークの『キャロル』、70年代のロンドンの息吹を伝えた『ベルベット・ゴールドマイン』など、過ぎ去った時代の完璧な再現性を特徴とするトッド・ヘインズの手腕は今作の20年代、70年代双方においても見事というより他ない。オスカー・ワイルドの言葉という刻印、David Bowieの『Space Oddity』のメロディに導かれた主人公の焦燥、自然史博物館の狼のジオラマの物言わぬ荘厳さ、クイーンズ美術館のニューヨーク全域のパノラマを見つめる奇跡のような名場面まで、過ぎ去りし日の一瞬を永遠のように見せるトッド・ヘインズの時間の溶解の手腕はここでも冴え渡る。ただその反面、キンケイド書店での再会が最高沸点だった物語のその後はやや散漫な印象を受けた。耳が聞こえないままバスに乗ったベンがジェイミー(ジェイデン・マイケル)と仲良くなる様子には、ヘインズのマイノリティへの眼差しが光る。都市生活の孤児たちが結びつく奇跡のような幕切れ、Deodatoの『ツァラトゥストラはかく語りき』やラングレー・スクールズ・ミュージック・プロジェクトの『Space Oddity』の素晴らしさに思わず涙腺が緩む。
netfilms

netfilms