モウドクウサギ

ハクソー・リッジのモウドクウサギのレビュー・感想・評価

ハクソー・リッジ(2016年製作の映画)
5.0
不殺の英雄譚を、暴力的なイメージが固着したメル・ギブソンが描く。前評判が高く、「アポカリプト」や「パッション」で容赦ない描写は約束されており、実話のストーリーとしてあらすじも知っていたが、そのハードルを超えてきた。聖書の教えを信じ、不殺を貫徹する良心的兵役拒否者のドスであったが、真珠湾攻撃の事実から衛生兵として志願する。しかし、その矛盾から訓練の中で銃に触れず、軍法会議にかけられ、投獄されてしまう…。印象深いのは上官に「日本兵に大切な人が殺されそうになっても、銃を取らないのか?」と訊かれるくだりで、ドスは「わからない」と答えるシーンだ。彼は己の信念を抱きつつ、自己矛盾に気付きながら葛藤するが、とうとう仲間にリンチされても除隊を拒否した。戦場においては味方のみならず、負傷した日本兵すらも助けようとしたのは驚愕だ。特にこれが「事実」だとしても、アメリカ本国での上映においては(いわゆる、ハリウッド的には)カットする選択肢もあっただろうが、メル・ギブソンはそうしなかった。この一点をとっても、この映画が他の凡百の作品に止まらない高みに押し上げられている。映画前半はややモタつく印象もあるが、後半の戦場のシーンはプライベートライアンを彷彿とさせる迫力と、極めて酸鼻な地獄絵図を混沌とともに示してみせた。宗教色が強いのではと懸念する人がいるかもしれないが、あくまで焦点は不殺といったごく普遍的なテーマを扱っている。果たして武装が真に勇敢で、武器を持たない者は臆病なのか、と。