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ニコラス・ウィントンと669人の子どもたちのPerMetalPowerのレビュー・感想・評価

1.5
“Rescued Children”たちが語る当時の情景に、ちょうど合致するような記録映像が繋ぎ合わされる。記録映像による代替の利きづらいウィントンの場面と、子供たちの場面に関しても特に感情的に重要視された場面(姉妹と母親の別離)については再現映像を新録している。そこで古典的に切り返される汽車の子供とホームの母の泣きっ面からして、「演出しています/ウソをついています」というところが前面に出ているのは、やろうと思えば“真実”を擬制することもできようドキュメンタリーとしてはある意味で真摯ではある。ただ、あまりにも感情操作的で頭が痛くなってくる。男性が話す途中に泣き声になってきたのを見るや否やズームしてその顔に寄るような感性とは、私はやはり距離を置いておきたい。
「ユダヤ人救出作業の倫理的な強さとは1人を救うことでそれ以上の人数を将来的に救ったことにある」という点は、「シンドラーのリスト」とも同じくしてラストに提示されている。「シンドラー」では墓碑に積まれてゆく石がそれを代替したが、この映画では“善行”の波及の証左として、彼を労う記念大会の会場に出席した少年少女たちが携帯の画面の光をかざす。ウィントンはその光に眼を射られ、そっと流した涙を拭う。その光源にはおそらく彼らの具体的な“善行”が記されているのだろうが、画面はそれらを超ロングでただ端的に無数の光として見せ、ウィントンをただ端的にそれを見る者として描くだろう。センチメンタリズムの過剰はどうしても否めないが、観念性を拭った先に、そういった端的な感動がなきにしもあらぬのである。
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