湯呑

聖なる鹿殺し キリング・オブ・ア・セイクリッド・ディアの湯呑のレビュー・感想・評価

4.4
地面に立てたバットにおでこをくっつけ、そのままぐるぐると回転した後に全力疾走する。この様なお遊びに芸能人が興じているのをTVのバラエティ番組で皆さんもよく見る事と思う。実は、本作のクライマックスはそれとほとんど同じである。これは、冗談ではない。何しろこのヨルゴス・ランティモスという監督、深刻ぶった顔をしてたちの悪い冗談を言うのが楽しくてたまらないらしい。
確かにギリシャ人の監督らしく、設定はギリシャ悲劇『アウリスのイピゲネイア』を下敷きにしている。女神アルテミスの怒りを買ったギリシャ軍総大将アガメムノンが、その怒りを鎮める為に、愛娘イピゲイアを生贄に差し出すように命じられ葛藤するという物語は、本作のストーリーに反映されてはいる。しかし、本作から人間が根源的に持つ苦悩を見出したり、他者の為に自らの命を差し出す気高い自己犠牲の精神を感じたりする事はできない。通常、私達が映画に期待するその様な満足を得るには、この映画は何だかよく分からないショットやエピソードが多過ぎるのだ。
結局、手淫にまつわるエピソードが繰り返されたり、コリン・ファレルとニコール・キッドマンが死姦プレイを楽しんだり、足が不自由になった子供が床を這いずり回るシーンをやたらと不気味に演出したりするのは、単に監督が面白がっているだけではないか、という気がする。そこに何らかの象徴やメッセージを読み取ろうとするのは観客の自由だが、そうすればするほど、本作がはらむ謎は深まるばかりだろう。何とも意地の悪い映画である。
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