爽

ロング・ウェイ・ノース 地球のてっぺんの爽のレビュー・感想・評価

3.4
☆☆☆:一見の価値あり
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レミ・シャイエ監督の出世作。
先にカラミティを観ていたが、輪郭線の無い人物と背景が調和した画風は前作から変わっていない。
男性社会に抗う少女のサクセスストーリーという構図もカラミティにそっくり。
しかも監督のインタビューを読むと次作も主人公は意志の強い少女らしい。
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レミ監督曰く、女性主人公に拘りがあるわけではなく、ロールモデルに縛られた社会を打ち破っていく存在としての主人公に惹かれるそう。
ジュブナイルならではの未熟さと、裏腹に背負う使命感の強さ。なんとも青臭い加減が絶妙で、微笑ましく感じられる。
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シンデレラが靴を脱ぎ、家出少女となって北極に消えた祖父の難破船を追う冒険譚。
筋書きは王道なのだが、世界観の構築がやはり卓越している。
雄大な自然をここまで奥行きを持って表現したアニメーションが過去にあっただろうか。
カラミティのときはアンリ・ルソーの絵画を連想するような色合いと線の取り方で、神秘的な魅力と人を拒むような凶暴さを孕んだ自然を描き出していた。
一方の本作、北極は流氷の迫力が森の緑に変わって自然の迫力を演出していた。
知床の流氷も世界自然遺産の一部となっているが、美しきものは時に牙を剥く。本作の主人公に1番立ち塞がった壁は、間違いなく北極の過酷な自然だ。
幾度となく山々の中で遭難しそうになるカラミティの展開ともよく似ている。
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思い返すと筋書きより自然や動物の描写が印象に残っている。それはつまり、自然と人間の関係性が本作とカラミティの大枠の構造を成しているということだ。
数世紀前を舞台に手付かずの自然を開拓する人間を描写することで、史実に則って人間の飽くなき探究心、生きるエネルギーを描き出している。
ただそれは現代的な、自然破壊を批判するようなテイストではない。
絵柄にも表れているように、人間と自然の共存を賛美するようなポジティブな演出が成されており、人類史へのリスペクトと捉えることもできるだろう。
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現代の自然破壊を批判するような劇映画としては、ポンジュノの作品が頭に浮かぶ。
科学者が川に流した薬品が怪物になって人間を襲う「グエムル」や自然の中で育った豚をアメリカの精肉企業が買い叩く「オクジャ」などがあるが、彼の作品はある種のバッドエンドを迎えて観賞後にビターな後味が残る。
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他方でレミ監督の作品はハッピーエンドだ。
ミクロ的に分析すれば、ポンジュノよりパーソナルな物語を掘り下げているから成長物語としての帰結になる=自ずとハッピーエンドとなる、ことが大きい。
マクロ的に見れば、やはり「大開拓時代」「北極探検」という人類が自然に対してイニシアティブを取っていくターニングポイントを扱っていることが要因だろう。
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情報量の少ないキャラクター・美術デザインと、キャラと背景の調和、そして数世紀前の史実(が土台になっている)という点で本作は寓話的な印象が強く、物語も王道で一種絵本を読んでいるかのような感覚だった。
そういった要因が本作及び「カラミティ」を不朽の名作へと押し上げてくれることだろう。
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