おみく

ムーンライトのおみくのネタバレレビュー・内容・結末

ムーンライト(2016年製作の映画)
4.8

このレビューはネタバレを含みます

黒人・イジメ・ヤク・売人・同性愛。これでもかと言うほど生きづらい要素が主人公に付随しており、テーマがテーマだけにみていて非常に気持ちが重苦しかった。映画自体はとても静かだが、視線や間の取り方に緊張感があるせいで終始気を張ってみてしまった。

主人公の名はシャロン、あだ名はリトル。幼い頃より体格が貧弱でオカマっぽいとの理由で学校ではイジメられ続け、家庭ではヤク中の母親に罵詈雑言を浴びせられる日々。挙句の果て、その母親にはヤクの為に僅かなお金をもせびられる始末。学校にも家にも安らげる場所はない。唯一の救いは、ある日偶然出会った売人フアンであった。彼は、誰にも心を開かない無口で無愛想なシャロンに根気強く語りかけ、無償で優しさを与えてくれた人物である。時に母親がヤクに浸ってシャロンが自宅に居られない時にはフアンが家に泊めてくれたりと、2人の交流は長く続いた。

とにかくシャロンは幼い頃よりイジメに加えて、必要な時期に母親からの愛が与えられなかったこともあり、様々な感情を抑圧して生きてきたようだ。滅多に自分を表に出さない彼が豹変するきっかけとなった出来事は、非常に印象的であった。

その事の発端は、シャロンを執拗にイジメていた同級生が「お遊び」と称してリンチしたことである。暴行されたシャロンに対しスクールカウンセラーはくどくどと穏便な方法で自身を守る手段を説くも、肝心の本人は「お前に俺の何がわかる」の一点張りで全く耳を貸さず。その後帰宅した彼は、改めて殴られ血だらけになった己の顔を鏡で見つめ、激しい怒りに目覚める。そうして怒りを抱えたまま翌日登校して加害者に見事な仕返しを決めるわけなのだが、長きに渡り今まで抵抗せずに粛々とイジメを耐えていたシャロンが、ここにきて初めて受け身を捨てたこと。そして、自分自身のために行動を成し遂げたことをきっかけに、彼は変わったのである。

結局同級生に手を出したことで少年院送りとなるが、そこでの生活でシャロンは自分の力で生きる術を身につけ、体を鍛え上げて屈強なマッスルマンへと変貌を遂げ、最終的にはヤクの売人へとのし上がる。

そしてそんな彼とは反比例するように、母親は施設での生活の中でヤクを断ち、自分自身を取り戻す為の道を歩み出す。皮肉にも売人となってしまった我が息子に懺悔するシーンでは母と子の負の連鎖を思い、たまらず泣いてしまった。

売人となったことで弱さを捨て筋骨隆々な肉体と金を得たシャロンだが、やはり秘かに想いを馳せていたケヴィンとの再会シーンでは愛に対して精神的にも肉体的にも未熟で、非常に初心な姿が目立つ。

その中で、「色々やらかしたが元妻との間に出来た子どもを溺愛し、やっとまともな道を歩み出してそこそこの生きがいを掴んだ男」ケヴィン対、「かつてはイジメられっ子だったが、少年院での生活を経て変貌し、誰も愛せず孤独に生きながら危うい橋を渡る男」シャロンを比較すると、2人の境遇があまりにもかけ離れすぎてて切なくなる。

離れてしばらく会わない間に違う環境で沢山の時間を過ごしてきた2人。ラストで互いに寄り添うところは、表には出すことはないが想い合っていることが強く伝わり、不安定な関係だが少なくともハッピーエンドと呼べるような終わり方で良かったと思った。互いに知らない時間は多いが、それでも想いは遠い昔より続いている、と言われているように感じた。

余談だが、シャロンが大人になり、売人となった時の姿は個人的に亡きフアンにどことなく似ていると思った。窮地から救ってくれたことで、彼の中でフアンは多少なりとも父親のような存在であり、成長してもなお心に特別な存在として残り続けていたのだろう。
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