ムーンライトのネタバレレビュー・内容・結末

ムーンライト2016年製作の映画)

Moonlight

上映日:2017年03月31日

製作国:

上映時間:111分

ジャンル:

3.7

あらすじ

名前はシャロン、あだ名はリトル。内気な性格で、学校では“オカマ”とからかわれ、いじめっ子たちか ら標的にされる日々。その言葉の意味すらわからないシャロンにとって、同級生のケヴィンだけが唯一の友達だ った。高校生になっても何も変わらない日常の中、ある日の夜、月明かりが輝く浜辺で、シャロンとケヴィンは初 めてお互いの心に触れることに・・・

「ムーンライト」に投稿されたネタバレ・内容・結末

これは賛否両論ありそうな作品だと思った。

自分は見る前はGTA5バリにガンガンのし上がっていく系の話かと思っていたら、俗にいうオサレ映画であった。
正直オサレ映画でも、自分が面白いと思えるならばどんな映画であろうと良いんだけれども、これ映画は特に大きな物事が起きるわけでもなくただ淡々と一人の掃きだめみたいな人生を延々と見せられるだけ系の、前に自分がわくわくして劇場まで行ってこんな感じで辟易した"6才のボクが、大人になるまで。"みたいな感じだった。
まぁ淡々と一人の人生を描く系の映画ならその人物が好きか嫌いかで評価が変わると思う。はっきり言って自分はこの映画に登場する人物はフアンとテレサ以外は好きにはなれなかった。
主人公も主人公で自己表現しないわ、黙るわで見ていてイライラするし、母親はクズだし最後のシーンも何を今さら感半端ないし、学校はクソの掃きだめみたいなところだし。
あと、個人的にLGBT系の映画は飽きた感があるのも影響しているのもある。
最後のセリフ、「あれ以来、誰も俺に触れていない」が頭に残る。
「映画」とは果たしてどういう意味を持つものか、わかんなくなってしまった。
最近観たメッセージ性の強い「ドリーム」と比較すると、今作は映画で何かを訴えたいという意識は強くなさそう。ただそのまま、シャロンのそのままを映してる。

私には3つのパートのシャロンが、子役の子がそのまま成長して撮ってるんだと一瞬勘違いするくらい同じ人に見えた。特に似てるのは、ケヴィンと見つめ合ってる時の、顎を上げて見下げるような角度の表情と、瞳。見下げるような角度だし、ブラックパートではゴツゴツの兄ちゃんなのに、シャロンの繊細さが伝わってくる。あれはすごいと思った。

シャロンが目の前であれだけ大変な思いをした麻薬なのに、その売人になってしまうところでは、社会って世界で繋がっているように見えて実際所属する所はものすごく狭くて、そこから抜け出すことって難しいし、見えない「常識」で人々を縛っていると思った。


あと個人的にマハーシャラ・アリのガタイの良さにズキュンときて、ファンになった。
【月明かりに照らされた海岸。波打ち際で遊ぶ子供達。月明かりに照らされると黒人は青く見える。】


今や麻薬も同性愛もいじめも特別珍しい事ではない。そして幾度となく映画でも描かれてきた。それを描きたかったとは思えない。

大切な人に心は届くのか?大切な人は現れて、そして確実に去っていく。

幸福になるには、幸福を感じるには時間がかかる。成長する時間。赦す為の時間。無かった事にする為の時間。無かった事にする事を諦める為の時間。

結局何を言いたかったのかは理解できなかった。

青い海岸を照らす月明かり。ただの月明かり。

少年はこちらを振り返る。じっとこっちを見ている。
差別問題にも種類が色々ありますが、生きてく中で誰もが多かれ少なかれ経験することだと思います。
主人公が教室でイジメっ子のレゲエ男を背後からガツンとやったシーン、ガンジーとかだったらやられても無抵抗なのかもしれないが、自分はああいうのもありだと思います。
フアンとテレサの家のインテリア、日本好きみたいでしたね!けっこうアジアンしてました。
後半母親と話すシーンが良かった。
友達との再会後シャロンの固い甲羅がどうなっていくのか想像が膨らみます。
難しい。
ここで終わるの?これからどうなるの?
って感じ。
お母さんとの和解のシーンはジーンときたが、終わりまで後は何がおこる?って思いました。そして、起こったのですが。苛められるシーンはやはり苦手です。
ソワソワしながら。

全員違うけど、全員同一人物。
黒人の方と触れ合う機会がないから、とても勉強になった。

外見は環境によって造られるものでもあるのかもしれないと感じた。
好きとか嫌いとかじゃなく。

自分を苦しめる母親を壊す薬、その薬の売人に救われ、母親が救われた頃にはシャロンが売人として生きている。
懇願しても、願いや想いは届かない。
全部すれ違っていく中で、ケヴィンとの愛が真実であった事は、何よりの救い。
黒人・イジメ・ヤク・売人・同性愛。これでもかと言うほど生きづらい要素が主人公に付随しており、テーマがテーマだけにみていて非常に気持ちが重苦しかった。映画自体はとても静かだが、視線や間の取り方に緊張感があるせいで終始気を張ってみてしまった。

主人公の名はシャロン、あだ名はリトル。幼い頃より体格が貧弱でオカマっぽいとの理由で学校ではイジメられ続け、家庭ではヤク中の母親に罵詈雑言を浴びせられる日々。挙句の果て、その母親にはヤクの為に僅かなお金をもせびられる始末。学校にも家にも安らげる場所はない。唯一の救いは、ある日偶然出会った売人フアンであった。彼は、誰にも心を開かない無口で無愛想なシャロンに根気強く語りかけ、無償で優しさを与えてくれた人物である。時に母親がヤクに浸ってシャロンが自宅に居られない時にはフアンが家に泊めてくれたりと、2人の交流は長く続いた。

とにかくシャロンは幼い頃よりイジメに加えて、必要な時期に母親からの愛が与えられなかったこともあり、様々な感情を抑圧して生きてきたようだ。滅多に自分を表に出さない彼が豹変するきっかけとなった出来事は、非常に印象的であった。

その事の発端は、シャロンを執拗にイジメていた同級生が「お遊び」と称してリンチしたことである。暴行されたシャロンに対しスクールカウンセラーはくどくどと穏便な方法で自身を守る手段を説くも、肝心の本人は「お前に俺の何がわかる」の一点張りで全く耳を貸さず。その後帰宅した彼は、改めて殴られ血だらけになった己の顔を鏡で見つめ、激しい怒りに目覚める。そうして怒りを抱えたまま翌日登校して加害者に見事な仕返しを決めるわけなのだが、長きに渡り今まで抵抗せずに粛々とイジメを耐えていたシャロンが、ここにきて初めて受け身を捨てたこと。そして、自分自身のために行動を成し遂げたことをきっかけに、彼は変わったのである。

結局同級生に手を出したことで少年院送りとなるが、そこでの生活でシャロンは自分の力で生きる術を身につけ、体を鍛え上げて屈強なマッスルマンへと変貌を遂げ、最終的にはヤクの売人へとのし上がる。

そしてそんな彼とは反比例するように、母親は施設での生活の中でヤクを断ち、自分自身を取り戻す為の道を歩み出す。皮肉にも売人となってしまった我が息子に懺悔するシーンでは母と子の負の連鎖を思い、たまらず泣いてしまった。

売人となったことで弱さを捨て筋骨隆々な肉体と金を得たシャロンだが、やはり秘かに想いを馳せていたケヴィンとの再会シーンでは愛に対して精神的にも肉体的にも未熟で、非常に初心な姿が目立つ。

その中で、「色々やらかしたが元妻との間に出来た子どもを溺愛し、やっとまともな道を歩み出してそこそこの生きがいを掴んだ男」ケヴィン対、「かつてはイジメられっ子だったが、少年院での生活を経て変貌し、誰も愛せず孤独に生きながら危うい橋を渡る男」シャロンを比較すると、2人の境遇があまりにもかけ離れすぎてて切なくなる。

離れてしばらく会わない間に違う環境で沢山の時間を過ごしてきた2人。ラストで互いに寄り添うところは、表には出すことはないが想い合っていることが強く伝わり、不安定な関係だが少なくともハッピーエンドと呼べるような終わり方で良かったと思った。互いに知らない時間は多いが、それでも想いは遠い昔より続いている、と言われているように感じた。

余談だが、シャロンが大人になり、売人となった時の姿は個人的に亡きフアンにどことなく似ていると思った。窮地から救ってくれたことで、彼の中でフアンは多少なりとも父親のような存在であり、成長してもなお心に特別な存在として残り続けていたのだろう。
主人公は3つのタームそれぞれ別の役者が演じているわけだけど、1人の人間の成長した姿として違和感なく見えるのがすごい。
体は成長していっても、仕草や表情に表れる内面性の根っこの部分は変わっていないんだと。
だからラストで"あのとき"と同じようにケヴィンの肩に身を預けているシャロンを見てすごく安心した気持ちになり、その光景に一種の美しみすら感じました。

でも、大人になってヤクの売人として生きるシャロンつらい。
レストランで、もうストリートには戻りたくないんだってケヴィンが言った後にヤクの売人をやってるって告白するシャロンつらい。
意識が高すぎる。酸欠になる。でも内容は酸素たくさん。
多分一回じゃ頭がついていかないし、二回でもついていかないからも〜〜〜〜っと大人になった時に見返したらうお〜〜〜〜てなるかも分からん。
恋、愛、性、むずい。むずいむずい言うけどこの映画みたく見かけだけむずくて本当はアホ簡単かもしれない。
パッケージ1人だけど3人でイカす!!!気がついた時にニヤッとしちゃった。
リトルシャロンブラックくん。
良い波乗るわけじゃないし、ヤッベーーー!!!!くなるわけでもない。でも普通じゃねえよな!普通に見えるぐらい向こうでは当たり前のことなのか、な。知らないうちに映画に引き込まれて普通じゃないことを普通と感じられる程に表現されているのか、な。
そんな私にこの言葉を送ります。
『月明かりの下では黒人がブルーに見える』
ん?
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