彼らは何らかの形で虐げられているといっても大事件や大事故,大したドラマに巻き込まれているわけではないだろう.フィクションの領域外の存在とは,そんなものだ.だが,ここがポイントだ.「ムーンライト」では淡々とした日常ーーマイノリティの,陰惨といえる日々ーーが静かに展開し,クライマックスと呼べるものはない.しかし,音響／映像／身体の静かな協奏によってどことなく「詩的」だ.ここでこう考えることができる.映画以外にこうした日常／人生をここまで美しく描けるのだろうか,と.
文章だけでは,音だけでは,身体だけではあまりに淡々とした「凡」なコンテンツである.総合芸術としての「映像」だから,社会の片隅で非ドラマに生きる魂たちを演出できる.名誉ある賞がこの仕事に与えられたことを幸福に思う.
