はる

ムーンライトのはるのレビュー・感想・評価

ムーンライト(2016年製作の映画)
4.4
初めてこの映画を観たのは3年ほど前だったか。
あまり映画を観なれていなかった当時は、なんだこの何も起きない退屈な映画は?なんでこんな映画がアカデミー賞受賞したんだ?などと思ったものだ。

しかし、今になって観ると素晴らしさがよくわかる。
演技、脚本は全員素晴らしいしカメラワークは独特で、主人公シャロンの内面を表しているかのように不安定である。
しかしそんな映画としてのクオリティ云々よりも目を見張るべきところが多い。



以下ネタバレあり



何も起きない、というのはその通りなのだ。
子供から大人まで、シャロンはずっとシャロンのままだ。
最後の最後でようやく本音を打ち明けられたことを除けば、特筆すべき程の変化は訪れない。

カメラワークが不安定といったが、それは母親に抑圧されていた幼少期に特に顕著である。
その不安定さは根本的な解決をされないまま、思春期を迎え、大人になる。
不幸な環境で抑圧され、また、マイノリティとして居場所を探した結果辿り着いたのが麻薬の売人である。
不幸の連鎖と階級の再生産を、シャロンの人生を通して目にするわけである。

だから、この映画は何も起きない。
誰も目をくれない世界の片隅で、不幸な境遇で育った少年が、不幸なまま育ち、犯罪に手を染めて生きていく。
恐らく今日にも当たり前に起きている現実である。

売人となった彼は、見せかけの高価な車や装飾品を身に着け、自分が成功者であると世間に示そうとしているように見える。
だが、やはりどこかぎこちない。

しかし、そんな不幸な子供の絶望的な状況だけでなく、希望も描かれている。
終盤で、母親からの謝罪で涙を流し、ケヴィンと再会することで人としての幸せを取り戻すことはできたように見える。
幸せを感じる能力に乏しいであろう彼の心が少しずつ解きほぐれていく。
しかし彼が犯罪者である事実は変わらない。
心の闇も一朝一夕では消えないだろう。

あの後シャロンは、犯罪から足を洗い、真っ当な幸せな生活を手に入れることはできるのだろうか。
現実でシャロンのように不幸な境遇で育った子供の行く末はどうなるのか。
考えさせられるという言葉では全く足りない。

格差や差別にあふれたこの世界で、本作のような映画が高い評価を受けていることは、希望と言えるかもしれない。
はる

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