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ダンサー、セルゲイ・ポルーニン 世界一優雅な野獣のMURSJのレビュー・感想・評価

3.8
やるべきことをやるだけさ、だからうまくいくんだよ。
「世界一レベルの高い踊ってみた」でお馴染み天才セルゲイ・ポルーニンがその舞踏動画に至るまでのドキュメンタリー
冒頭、セルゲイの踊るシーンにまさかのブラック・サバスのアイアンマンがBGMとして重ねられます。いわゆる伝統の最高峰であるクラシックバレエの舞台で、なのに聞こえてくるのはハードロック。劇中バレエ団で踊るときは徹底してロックがBGMにされ、しかもセルゲイの踊りには絶妙にハマっていてむしろ正しい組み合わせにすら見えてきます。それは旧態依然とした世界の頂点で輝きながらも、がんじがらめとなった彼の内面がどこまでもそれに抗うことを叫んでいるかのようで。
過去、才能ある人間はどの世界でも同様の境遇に苦しみ、潰れていったのだろう。そういう意味での目新しさはないでしょう。
しかし白眉はフルで挿入される『Take Me to Church』の問答無用の説得力。もうこれで引退だ、と最後のダンスのつもりで公開した踊りの動画は全く間に世界に広がり大きな反響を得る。何にも捕われず誰に強制されたわけでもなく、踊りそのもののためになされた圧倒的なダンス。しかも古典的な舞台という場でなく新時代のインターネットの場で、最もたくさんの人の心に届いたのである。踊りによって苦しんだ天才がその踊りによって救われる瞬間です。

再び踊りだしたセルゲイが、はじめて家族を自分の舞台に招待したときの姿がこの作品のメッセージを象徴しているように思います。
父は久しぶりにあった自分より背丈の大きい息子を抱き上げる、息子は笑顔でそれを受け入れる。祖母の「私たちは久しぶりにあった、1年半ぶりだ」に「僕たちはもっと会うべきだ」と応える。セルゲイを名門スクールに通わせるため家族はそれぞれ別の場所へ出稼ぎに行き、一家は離散した。すべてのお金をセルゲイに費やし極貧の中で暮らした。ダンスによって家族は離れたがやはり彼らは家族なのだ。そして母は答える、過去に戻ってやり直せるならどうすると聞かれたのだろうか、その問いに迷いなく「もう一度同じことをするわ」と。セルゲイを支えてきたのはつまりそういうことのなのでしょう。
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