糸くず

ビッグ・ビッグ・ワールドの糸くずのレビュー・感想・評価

ビッグ・ビッグ・ワールド(2016年製作の映画)
3.9
第29回東京国際映画祭にて。

妹と共に暮らす里親の家族を躊躇なく刺し殺す兄は、まるで人の心を持たないように思えるが、森は罪深き兄妹を抱き止めるのではなく、むしろゆっくりと蝕み、人間界ではなく自然界の生き物として取り込んでいく。この映画の森はゴツゴツとした異物のようであり、魔界に近い。すでに人間界から半分離れているかのような者たちが集まる。ここでは、女性が父となり、男性が母となる。魔界の住人である動物たちは、ありのままの姿で生きる。そこに逃げ込んだ人間も、ありのままに生きることが求められる。

仕事や女を通して文明社会とのつながりを保つ兄に対し、兄の帰りを待つ妹は森に染まっていく。股から血を流して倒れた妹を、兄は病院へと連れていく。妹の靴の片方が脱げ、兄はその靴を持つ。ふと目を離したすきに、妹はどこか別の場所に運ばれ、兄は病院の前で泣き崩れる。妹はもう帰ってこないだろう。片足に靴、もう一方は裸足の妹は、人間界と魔界のボーダーラインにいたのであろう。靴は人間界のしるしである。

行き場を失いながらも、バイクも捨てられず、仕事も捨てられず、「叔父さん」のような女(人間界では、人間はありのままの姿では生きられない)も捨てられず、つまり人間であることを辞められなかった兄は、一人取り残されてしまった。

以上は、あくまでわたしの解釈にすぎない。この映画は、見る人によって、全く違った見え方をする映画だろう。ただ一つ言えるのは、世界には、様々な人を受け入れる大きな大きな世界が必要であり、この映画はそこを目指しているということだ。

広い世界を求めながらも、そこに生の苛烈さ・厳しさを潜ませるレハ・エルデム監督の世界、機会があれば、また浸りたい。
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