囚人13号

劇場版 あしたのジョー2の囚人13号のレビュー・感想・評価

劇場版 あしたのジョー2(1981年製作の映画)
5.0
永久不滅、国宝級アニメーション。
飛び散る汗から吐瀉物の処理に至るまで全要素が美しい、本当にすべてが過剰というほどに輝いている。

例え権藤が出てこなくとも(ラストで観客に紛れてる)テレビアニメ実に46話分=約16時間を110分に纏めるという暴挙を試みている時点で涙無しには見られない。

どこまでも貧しく、結局最後まで孤独であった原作版に対してアニメは人間的な交流も多く描写されていたという印象だが、本作にはアニメオリジナル中でも群を抜いて素晴らしい墓参りのシーンがやや短縮されているとはいえ残されているではないか!

墓石に掘られた力/石/徹の三文字、その形状と起伏に沿って流れ落ちる美しい水の流れが日光に反射してキラキラと輝く、実写映画では到底表現できない美しさが出崎の液体や光に対する美術感覚と飽和した日本アニメ最強シーン。

墓参りという悲惨極まりない行為が『あしたのジョー』においては悲しみを伴いつつもある種休息のような安らぎを齎し、死闘を超えて芽生えた友情は皮肉にも自らの拳で奪ってしまったのだが、多分それでも顔を合わさず言葉を交わさなくとも二人の間には既に何万回もの会話を超えた特別な何かが根付いているはずなのだ。

力石徹という最大にして最高のライバルを物語前半で殺してしまう展開に始めて原作を読んだ時は驚いたが(実際に葬式まで行われた事実を知って驚愕したのは自分だけではないともちろん心得ている)、しかし死ぬことによって力石は更なる存在感を放ち、記憶と化して丈を苦しめるがそれが憎しみに変わることは決してない。

この非常に奇妙な友情が我々の心をじわじわと締め付け、ジョーの台詞通り死によって過酷な減量からも解放された彼はボクサーにとって最も遠ざけるべき"水"を墓石に浴びることで一つの別れを意味する儀式を終え、力石徹のボクサーとしての魂を無事成仏させたと同時に自身もトラウマから立ち直るべくジョーはここまでだ、俺は吹っ切るぜと言い放つ。

その直前には彼が例の瓶にまだ残っている水を飲み干す動作があるのだが、このごく親しい者の間でのみ披露される間接的に水分を分かち合うという描写からは二人の言語を越えた関係性が良く伝わってくる。

無論我々は更なる苦悩がジョーを待ち受けていることを知っているわけだが、やはりこの墓参りには何か本来の墓参りという行為には相応しからぬ意味合いと、彼は死人と喋ることでのみ孤独が満たされるという近寄り難さがより一層際立った名シーンではないかと思う(ここまで正味1分です…喋りすぎてすいません)。

贔屓カーロス戦の作画も桁違いで嬉しいが、やはりパチンコ屋に平気で子供たちが入っていくあたりやバックで流れている歌謡曲風の音楽からノスタルジックな昭和そのものを感じる。
囚人13号

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