ルソーの作品には、一貫して共通する「日常の裂け目から現れる詩性」という美学がある。本作も例外ではなく、天井の隅に差し込む光、溶け込むように壁を照らす陽光、空間を彷徨う煙草の煙、割れた皿、風に押された窓が積み重なった食器に触れる一瞬といった、これらの印象的なショットがその美学を体現しているだろう。 しかし、『De son appartement(邦題:彼の部屋から)』という題名が示すように、本作の核となっているのは部屋と身体という二つの存在である。薄暗い部屋のなかに一人の人間が佇むさまはあたかもハマスホイの室内画的で、身体の一部にクローズアップしたショット──例えば首から下だけを執拗に捉えていたり、朗読中の手元にフォーカスした撮影などは極めてブレッソン的だ。 ところが、本作における部屋とはすなわち自己の宇宙であるとも解釈できる。というのもこの視点は、タルコフスキーが映画大学時代に制作した短編処女作『殺し屋』における、壁や窓によって隔てられた部屋の高次元性というある種の神秘主義的な空間哲学や、タルコフスキーの代表的作品『ストーカー』における、人間の脆弱性がそのまま救済の条件へと反転する聖域=「ゾーン」といった存在と通底しているように思われるためである(ここでは一例として『殺し屋』および『ストーカー』との接続性を挙げたが、こうした空間についての形而上学的感覚はタルコフスキーの映画全般に当てはめられるだろう)。