ローズバッド

デトロイトのローズバッドのネタバレレビュー・内容・結末

デトロイト(2017年製作の映画)
5.0

このレビューはネタバレを含みます


話せばわかるはず?人間社会の底が抜ける!


内臓からブルブル震えるような、言葉にならない感覚を久々に味わった。
僕が、映画などの芸術作品に求めるものが、鋭く描かれていたからだ。
それは、日常では気付かないふりをして生活している、この世の真相を暴き出すという事。

そもそも、コミュニケーションというものは、危うい薄氷の上に成り立っている。
「話せばわかるはず」に代表されるような大前提を、共同幻想として持っているからこそ、社会秩序は保たれる。
しかし、集団の流れが変わってしまえば、そんなものは、たちまち崩壊してしまう。
善悪・モラル・常識・節度といった共同幻想は消え去り、人間社会の底が抜けるのだ。
この世の本質であるカオスが『デトロイト』のアルジェモーテルに発生する、その光景の恐ろしさに心底震えあがった。

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本作では「黒人=正しい、白人=正しくない」といった安易な構図をとらない。
冒頭から、黒人警官と黒人内通者の主導によって、同士であるはずの黒人パーティーの摘発が行われる。
重傷を負った黒人ラリーに肩を貸して病院へ運んだのは、白人警官であった。
現代において、志しのある映画では、一方的な「正しさ」を描かない。

アルジェモーテルという、理性が失われた空間で、拷問される黒人たちは生き抜く術を問い続ける。
自身の安全を最優先するか?
仲間全員の命を守るべきか?
警官を説得する方法はないか?
誰か助けてくれる人はいないか?
しかし「話せばわかるはず」という社会通念は通用しない。
その結果、「正しさ」と「正しくなさ」の間を揺らぐことになる。

最も理性的に解決策を探った、勇敢で正義感のある警備員のディスミュークスだが、自己犠牲もいとわない行動をとっていれば、誰かの命が救えたかもしれないと悩み続けるだろう。
解放された瞬間、振り返りもせず走って逃げたラリーも、残ったフレッドの安全を確認しなかった事を、悔やみ続けるだろう。
彼らの選択を責めることなど誰もできない、それでも「自分は正しい判断をしたのか…」という想いが消えることはないだろう。

一方、殺人犯となった白人警官デメンズは、一時的だが罪の意識に耐えかね自白をしたが、法廷に立つ際には、自身の心中の「正しさ」に蓋をした。
デメンズの心の一番奥には、一体、どんな想いが渦巻いているのだろう?
そして、主犯格のクラウスに関しては、(観客から見て)情状酌量の余地がないほど無反省な悪意・悪行が描かれる。
クラウスが自らの罪の深さに気付く日は来るのだろうか?

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昨今も、よく報道される人種差別問題について、少しは理解しているつもりだったが、その根深さについての認識の甘さに気付かされた。
「暴動」というより「内戦」という言葉がふさわしい光景。
焼け落ちた商店街を戦車が走り、姿の見えないスナイパーへ銃撃する。
このような戦場そのものの状況が、各地で繰り返されてきた事を経験しているアメリカ人達。
アメリカの人種差別問題が最重要テーマである理由は、この経験を元に捉えなければならないのか、と目から鱗が落ちた。

ザ・ドラマティックスに戻る気にはなれず、教会の聖歌隊で歌うことを選んだラリー。
無宗教な多くの日本人にとって、神の救いを求める姿は、奇異や滑稽に思えたりもしてしまうものだが、人間や社会を何も信じられなくなるような経験をした時、信仰という一筋の光が、生きる道しるべとしてどれほど心の支えになるかを感じさせてくれる、ふと目線を上げるラストカット。
人間の社会もコミュニケーションも、危うい薄氷ではあるが、その上を一歩ずつ歩むほかないのだ。

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「ドキュメンタリー的な映像が臨場感を生む」というのは、昨今の映画紹介の常套句だが、そんな言葉では片付けられない映像的なクオリティの高さを感じた。
一見すると、乱暴なカメラワークにも思える。
しかし、対象物へのパン・ティルト・ズームインなどを、あからさまに使いながらも、常にワンカットごとの構図は鋭い。
よくある「手持ちで撮ったからドキュメンタリー的」といった水準ではない。
かなりアバンギャルドな映像演出の狙いを持っていると思う。
人物の表情アップを、逆サイドからの切り返しにするなど、捉える視点・角度は、次々と変わる。
なにか越しや前ボケを使ったカットなども突然差し込まれ、第三者的な視点を感じさせたりもする。
こうなると、ただ乱雑になりそうなものだが、映像の印象には、まとまりがある。
全般的に、すこし望遠よりのレンズを選択していると思われる。
レンズ描写をまとめている事が、印象がまとまっている秘訣だろうか。
そして、様々な視点のカットを、早いテンポで繋いでいく編集の妙技こそが、現場の混沌を感じさせる最大の効果を生んでいる。
総カット数は、かなり多いと思われる。
撮影も編集も、斬新でありながら、観客の心理を揺さぶる確かな必然性がある、超一級の演出だと思う。