Ungatz.
人の心情などおかまいなしに、何度も何度も陽は昇る、ハーモニカの音とともに。
死とは縁遠い元海軍調理兵〝ラッキー〟 軍隊上がりの彼は老後も独り身で悠々自適に過ごしていたが、ある日突然彼の日課は途切れる。その日 はじめて彼の視界には自己の死が映り込みだし、今まで口にすることもできなかった恐怖をふと溢す。そんな死にナーバスな老人の前に周囲の人々が垣間見せる生死の欠片。自分の死を前にして微笑む日本の少女に彼は一つの答えをみる。
“You left with ungatz.”
〝Nothing〟
ー What do you do with that?
“You smile.”
ラッキーの見つけた死との向き合い方はどこか禅にも似た悟りであったが、悟りといっても決して堅苦しいものではなく、酒・タバコもやめられない一老人のとてもシンプルで等身大の結論であった。また現にラッキーを演じた、ハリー・ディーン・スタントン本人も本作を最後にこの世を去っているからこそ、より一層「微笑むんだ」というセリフとスクリーン越しに我々と目を合わせ微笑んでくれる瞬間にとてつもない力がこめられる
“エデンの園”
エンディング直前まで正体不明の“あるもの”に対して罵声を浴びせるのも彼の日課の一つ。女性のオーナーが話す、ラッキーが過去に喫煙して出禁になったというバーがおそらくこのエデンの園という店だろう。
創世記においてアダムとイブは実を食べてはいけないという神の規則を破りエデンの園を追放された。ラッキーも禁煙の規則を破りエデンの園というバーを追放された。それからはその楽園を装うバーに彼はしつこく楯突く。
またアダムとイブによって後世の人類には死という原罪が課される。だがその死を生み出した張本人に対しても彼は最後 微笑みかける。最大の赦しであり、どこか超然的な姿もそこにはあった
そして最後に、
三度現る 赤.
ついには正体を明かされることのなかった赤い電話機。あれは独白をする動機であった。そして自分自身を見つめる道具でもある。自分の信条を再確認し、過去を顧みる。
EXIT.何やら楽しそうな音楽、笑い声が地下から聞こえてくるが、まだ死ねない ハッパを吸いながら下を眺める。彼には、同じく死を迎えるであろう友人たちに自分の答えを伝え託す役割がまだ残っていた。同時に、目覚めてから いくらか彼の日々はドラマチックになり、歌い、餌のコオロギと夜を過ごす。
コーヒーメーカーの赤い電子時計
12:00 で点滅している 死への猶予。この西部の極めて閉鎖的な街をみていると、ここがラッキーが死の直前に走馬灯のなか辿り着いた死のモラトリアム ひとときの休憩所のように思えてくる。
後悔を片付けてから、 ひとりひっそりと時刻を合わせ、時計を進める