つのつの

ナチュラルウーマンのつのつののレビュー・感想・評価

ナチュラルウーマン(2017年製作の映画)
4.2
1人になったら「ぶっ飛ばしてやる!」と怒りに震えていても
差別的な人間を目の前にしたらひたすら耐えて我慢するトランスジェンダーマリーナ。
それを見ればやるせなく思う人もいるかもしれない。
あのクソどもに制裁を!と感じることもあるかもしれない。
けれど、マリーナにとっての強さとは常に気丈に振る舞うこと、怒りは自分で発散することだったのではないだろうか。
本作は彼女のトランスジェンダーの部分だけではなく、生き方そのものをリスペクトしている。
(聲の形でイジメに怒ることのできない少女の描写に対して、何故立ち上がらないのか!?と憤っていた人には是非本作を観て欲しい)
彼女が真っ直ぐな目で見つめ続ける相手に、観客はいつしか自分のことを考え始める。
家族の1人を亡くしたという意味ではマリーナと状況は似ているのに動揺や不安を彼女に浴びせる遺族たちはたしかに許されざる人間かもしれないが、自分が同じ状況になったら果たして冷静になれるのか?と考えてしまう。
あるいはあの女性刑事のように、「差別意識なんて持ってない、なんなら理解も示してますよ」というスタンスに潜む差別意識に気づかない人だって少なくないのではないだろうか。

マリーナはそういう人間たちに徹底的に痛めつけられるが、叛旗を翻すことはしない。
彼女が行動を続けるのは怒りではなく、亡くなった恋人への思いによるものだからだ。
この映画は、差別する人への宣戦布告ではない。
愛する人を失った悲しみを1人の人間が受け入れていくまでの物語である。
絶妙な伏線回収の結果は拍子抜けに終わる。
マリーナの気丈な表情からついに涙が溢れても、あっけなく死体は火葬されていく。
それでも、いやだからこそ彼女は歌い続ける。
時は戻ることがないのなら、新たな人生を踏み出すしかないのだから。
このメッセージは、トランスジェンダーであるかないか、世界から疎外されたマイノリティであるかないかは関係のないことだ。
トランスジェンダーのマリーナを通してそのような誰にでも当てはまる物語を描く点にこそ、作り手のマリーナへの精一杯の愛情が感じられた。
つのつの

つのつの